
タンパク質は1日、何gとればいいのでしょうか?
私が頂く質問の中で、いまだに一番多いものがこれです。
私は分子栄養学に関わって15年目になるのですが、その間にたんぱく質摂取に関する意識が随分変わりました。
今日はそんな私の意識の移り変わりについての話です。
「お前の意識の移り変わりなんて興味ないよ」とおっしゃる向きもあるかも知れませんが、そういわず、しばらくの間お付き合いください。
1.プロテインのジレンマ
私がタンパク質について、分子栄養学の勉強を始めた時に習ったことは以下の通りです。
生きている中で、体タンパクは常に分解している(異化)
それと同時に、たんぱく質は毎日作られている(同化)
同化のスピード=異化のスピードとなっていることが健康を維持するために重要で、そのためには、毎日たんぱく質を最低体重あたり1.1g摂る必要がある。
プロテインとは、ギリシャ語で「最も重要」という意味である。
さらに教わったことは、
がんを患っている人、リウマチなど慢性炎症を持っている人などは、タンパクの異化が亢進している。
(つまり、体タンパクの分解スピードが早くなっている)
だから、そのような人たちには、体重あたり1.1gでは足りず、1.5~2gのタンパク質を摂らせるべきである。
その場合、プロテインで足りない分のタンパク質を補給するのが効率が良い。
ということでした。
この事は分子栄養学的に考えて全く正論です。
がんは、増殖に酸素を使わないという事は有名です。
がんの増殖のエネルギーは嫌気性解糖に依存しているため、その分グルコースや体内貯蔵脂肪が大量に消費されます。
これを応用して腫瘍へのグルコースの取り込みをみているのがPET検査です。
この大量のグルコースは、糖原性のアミノ酸を分解することによって供給されます。(これをナイトロジェントラップ(Nitrogen trap)といいます。)
がん患者が痩せていくのは、極端なタンパク異化亢進状態を反映しています。
栄養療法を初めて最初の7年間は、タンパク質の異化が亢進していそうな人にはとにかくプロテインを処方していました。
しかし、患者さんによく聞いてみると、
「実は、あまり言いにくいのですが、
プロテインが言われたとおりの量を飲めないんです」
「おならが臭くなりました」
とおっしゃるのです。
腹部を診察してみると、完全に膨満しています。
おならが臭いのは、未消化蛋白が腸内で異常発酵している事を意味しています。
積極的に話を聞いてみると、実は半分以上の人が、プロテインをきちんと飲めていませんでした。
これは、病気の程度が重い人、高齢者ほど顕著でした。
プロテインをはじめとしたサプリメントは「栄養の効率の道具」として設計されています。
少ない食事量で最大限の栄養の効果を得るために、栄養素が濃縮してあります。しかし、栄養は消化吸収され、目的の組織まで運ばれてはじめて効果を発揮します。ですから、サプリメントは栄養の含有量だけでなく、消化吸収にまで効率が求められます。
タンパク質は三大栄養素の中で突出して消化吸収が難しい栄養素です。
胃酸や消化酵素が十分必要です。
病気で療養している人の場合、これらが不足気味の事が少なくありません。
激しいトレーニングをするスポーツ選手と、タンパク異化が亢進しているがん患者。どちらもたんぱく質の需要は亢進していますが、消化吸収能力は全く異なります。
病気でタンパク異化が亢進している方には、消化の負担を強いるプロテインでなく、完全に消化されているアミノ酸サプリメントを用いるべきなのです。
2.アミノ酸プールとプロテインスコア
私が、次に知ったのはアミノ酸プールとプロテインスコアの概念でした。
実は、人が毎日食べているタンパク質の量と、合成しているタンパク質の量は違います。食べているタンパク質の量は約70gですが、合成しているタンパク質の量は約200gです。
なぜ、食べているたんぱく質の3倍ものたんぱく質を合成できるのか?
それは、人間には、タンパクを作り出す前にアミノ酸をためておく、アミノ酸プールが存在するからです。
また、プロテインスコアという概念があります。
必須アミノ酸をバランスよく含む食物ほどスコアが高いと表現されます。
これには「アミノ酸の桶」という説明がよく用いられます。
必須アミノ酸9種類のうち、一番含有量の少ないアミノ酸を一番背の低い桶板に例えると、桶をいくら満杯にしようとしても一番板が短いところから水が流れてしまいます。
全ての桶板を同じに長さに調整したプロテインは、そういう意味では理想的なタンパク質です。
私がプロテイン処方から完全に離れられなかった理由は、
「プロテイン = 理想的なたんぱく質」
という思い込みがあったからです。
でも、本当は食品単体で高いプロテインスコアを目指す必然性はありません。
食べたタンパク質はアミノ酸に分解され、一旦アミノ酸プールというアミノ酸予備貯蔵庫に蓄えられます。
タンパク質の合成は、その貯蔵庫のアミノ酸を使って行われるので、その貯蔵量全体でバランスが取れていれば問題ありません。
「食事の内容」や「アミノ酸プール」全体で「プロテインスコア」が優れていればよいのです。
例えば和食だったら、米と大豆を一緒に摂ることで、お互いの短い桶板を補い合い、理想的なアミノ酸の桶が完成します。
このことに気づいてから、私は急速にプロテインの呪縛から離れていくようになり、必要なアミノ酸があれば、それを個別に処方するようになりました。
(例えば、グルタミンというアミノ酸には強力な抗炎症作用、抗ストレス作用があります。しかも、プロテインと違いアミノ酸は消化の必要がありません。)
3.ナチュラル・ハイジーンとの出会い
数年前に歯科医の小峰 一雄先生の御紹介で、松田麻美子先生にお話を伺い、衝撃を受けました。
今までの分子栄養学の世界では、
「人間のアミノ酸配列になるべく近い四足の動物のたんぱく質を十分摂ること」
が原則だったのに、松田先生の提唱するナチュラル・ハイジーンは、
「プラント・ベースの食事、つまり肉をなるべく避ける事で健康になる」
と提唱していたからです。
ナチュラル・ハイジーンの原則は、
「体を傷つけるようなものを体に与えないことによって、体の内外環境を清潔に保つ」
ということです。
さらに、原則の中には、「ファスティング(断食)」も含まれていました。
いろいろ考えた末、私はナチュラル・ハイジーンの提唱通り、朝食を抜くことを始めました。
その後、私の調子は特に胃腸に関してより良好な状態を保っています。
しかし、いろいろな疑問が残りました。
「1日体重あたり1gのタンパクを摂らないとたんぱく異化が亢進してしまう」という分子栄養学と、「肉はなるべく食べない」「ファスティングも定期的に行ったほうがよい」というナチュラル・ハイジーン、どう考えても、矛盾するような気がします。
4.山田豊文先生との出会い
そんな疑問を解消してくれたのは、杏林予防医学研究所の山田豊文先生でした。
先生は、「タンパク質は正しく作られないと意味がない」とおっしゃっています。
特に酵素タンパクなど、複雑な働きをするものは、少しでも構造が違っていると全く用をなしません。
ここで、さっきのアミノ酸プールの話に戻ります。
私たちの体は、筋肉やアルブミンなどを作るために200gのたんぱく質を合成しています。
では、アミノ酸プールの食事から得る量の3倍のたんぱく質をどこから調達しているのでしょう?
それは、「リサイクル」です。
体に不要となったたんぱく質を分解して、アミノ酸プールに貯蔵しておき、必要に応じてそれを利用しています。
この仕組みが「オートファジー」です。
「オートファジー」というのは、もともと人間が持っている、飢餓に対抗するしくみです。
昔から、飢餓で何日も食べられない時でも、人間は自分のタンパク質をリサイクルする事で生き延びてきました。
もちろん現代人もこの仕組みを受け継いでいます。だから、断食することでこの仕組みが活性化します。
断食でオートファジーが働き、細胞内の在庫が一掃されるのです。
分子栄養学は、栄養で細胞環境を整える学問ですが、このように、栄養を直接取ること以外にも、細胞に好影響を与えるようなものをすべて取り入れることが大切です。