不眠の悩みに、あなたはどう対処しますか?
一般的には、ドクターが処方した睡眠薬を使うという発想になるかもしれません。けれども、その前に考えてほしいことがあります。お腹が弱っていないか?夜間も交感神経優位になっていないか?貧血が隠れていないか?そういったことをチェックせずに、睡眠薬を使う意味はほとんどありません。
ここでは、不眠の原因となる自律神経やホルモンの働きについて。さらに、それにかかわる体の機能と栄養素について、生理学的・生化学的に学ぶことで、お腹を丈夫にし、結果として不眠にならない栄養ケアを学んでいきます。後半では、不眠に使われる漢方薬についてもお伝えします。
1.睡眠障害とその原因
「眠れない」という方が多くいますが、その理由がはっきりと分かっていて、それが「明日が、遠足だから」「明日デートがあるから」といったポジティブなものであれば、ほとんど心配はありません。こういう場合には、温かいものを飲んで、静かな音楽を聞いてもらえればいいと思います。
けれども、眠れない原因が、不安や焦燥感、恐怖感といった場合で、それが長く続く場合には体調に影響が出てきます。
そのような睡眠障害には、大きく3つのパターンがあります。
- 入眠困難
一応眠れるが、布団に入ってから2時間くらい眠れない。 - 頻回の覚醒
一応眠れるが、夜中に2~3回、意識が浅くなったり、トイレに行ったりする。もしくは、なんとなく目が覚めてしまい、そこから眠れなくなる。 - 早朝覚醒
一応眠れるが、早朝の3時半や4時頃など活動するには少し早すぎる時間に起きてしまう。高齢者に多い。特に、昼間に眠気が出る場合は、症状がきつい。
そして、この睡眠障害には、“5つのP”とよばれる原因があるといわれています。
- 生理的原因(Physical)
いわゆる時差ボケ。交代制勤務や短期の入院など生活環境やリズムの変化や、中途半端な昼寝屋夜更かしによって起こる。 - 心理的原因(Phychological)
精神的ショックや引越しや就職など生活状況の大きな変化によって引き起こされる精神的ストレス。 - 身体的原因(Physical)
熱性疾患、血管障害、消化器疾患、喘息・慢性閉塞性肺疾患、中枢神経疾患(パーキンソン病など)、腫瘍、心疾患、内分泌・代謝疾患など - 精神医学的原因(Psychiatric)
アルコール依存症、不安神経症、恐慌性障害、うつ病、統合失調症、認知症など - 薬理学的原因 Pharmacologic
アルコール、降圧剤、抗癌剤、H2ブロッカー、カフェイン、中枢神経作用薬、ステロイド剤、気管支拡張薬(テオフィリン)、甲状腺製剤、抗パーキンソン病薬、インターフェロンなど
2.睡眠を調整する自律神経とホルモン
2-1.交感神経と副交感神経
眠りなど体の調整をするのは自律神経ですが、これは交感神経と副交感神経とからなっています。交感神経は戦ったり逃げるときに活発になる神経、副交感神経はリラックスモードのときの神経で、どちらも大切な働きをしていて、そのバランスが重要となります。
一般的には、交感神経は、日中に高く、夜間は低くなる、副交感神経はこれとは逆に昼間は低く、夜になると高くなるというように日内変動しています。そして、夜に刺激されて高くなる副交感神経は、主に、お腹を動かすために作用しています。
「腹」という言葉は、「腹に据えかねる」「腹が立つ」「腹わたが煮えくり返る」など気持ちの状態を表す慣用句にもよく使われますが、これは消化管が心の動きに敏感で、お腹と心は直結していることによります。
実は、この交感神経や副交感神経と同じリズムを作るホルモンがあります。前者はコルチゾール。コルチゾールがピークになるのは朝の8時頃、昼を過ぎて夜になるとぐっと下がります。コルチゾールと対になって動くのが夜眠るためのホルモンーメラトニン。メラトニンは夜になると高くなり、昼になると下がってきます。
2-2.コルチゾール
では、コルチゾールとはどのようなものなのでしょうか。コルチゾールがつくられるのは、腎臓の上にある副腎、その外側の部分「副腎皮質」です。
コルチゾールには、主に以下のような4つの作用があります。
・抗ストレス作用
コルチゾールがしっかり分泌できていると、どのようなストレスがあってもかなり耐えることができます。また、気温変化や気圧変化が大きいときには、コルチゾールがたくさん分泌されて体を整えています。
・血糖維持
コルチゾールが肝臓に働くと、アミノ酸の一部がエネルギーを作るクエン酸回路に入ります。そして、中性脂肪がグリセロールに変わり、グルコースができます。
このように、もともと糖分ではないものを糖に変えることを「糖新生」といいます。炭水化物を一切食べなくても血糖値を維持できるのは、糖新生がきちんとできているからということになります。
・抗炎症作用
血球を呼び寄せるなど最終的には炎症を抑えることを目的として、細胞膜のリン脂質からはアラキドン酸が、さらにそこからプロスタグランジンとロイコトリエンという炎症を起こす物質がつくられます。これらは作られすぎる慢性の炎症を引き起こすので、ある程度のところで止める必要がありますが、ここで働くのがコルチゾール。コルチゾールには、アラキドン酸がつくられるのを止める働きがあります。
ステロイド剤もこれと同じ働きをして強力な抗炎症作用を発揮しますが、熱や痛みに使われるNSAIDsという痛み止めはアラキドン酸がプロスタグランジンになるのを止める働きしかなく、ロイコトリエンになるのを止めることができないため、コルチゾールよりも抗炎症作用が少し弱いということがきます。
・免疫抑制作用
血管の中の白血球は、外に敵が来ると、血管を通り抜けてその臓器へ走っていきます。これを「遊走」といいます。けれどもコルチゾールには好中球を外に出さない作用があるため、これが増えると、血管内を流れる白血球は血管の壁にピタッとくっついて、遊走できなくなります。
コルチゾールには、急性のストレス時にカテコールアミンと一緒になって骨髄を刺激し、好中球を増やす働きもありますが、慢性炎症になると遊走機能が落ちるため、免疫機能は落ちていきます。
わたしたちの身体は、急性期のストレスに対して、コルチゾールをたくさん出すことで活動性を上げて、なんとか対応しようとします。そうすると、相対的に夜間のコルチゾールが上がってしまうので、夜でも元気になり、寝つきが悪くなります。
ところが、これが続くとコルチゾールが出せなくなります。しかも、日中のリズムも崩れてくる。これが、副腎が頑張っても間に合わない状態、副腎疲労です。
そして、コルチゾールのリズムが崩れてくれば、メラトニンのリズムも崩れてきます。
夜でもコルチゾールが相対的に高めになっていれば、ぐったりしているけれど頭が冴えて、眠るモードに入れないさらにはメラトニンも下がってきて、眠ることができないーこれが不眠の原因です。
2-3.メラトニン
メラトニンは、肉や魚に含まれるたんぱく質のうち、トリプトファンというアミノ酸が材料になります。トリプトファンは、体の中で7種類くらいの代謝経路を通りますが、90~95%がはキヌレニン経路、5~10%ほどがセロトニンやメラトニンを作る経路といわれています。
セラトニンやメラトニンを作る経路では、トリプトファンが5-HTP(5-ヒドロキシトリプトファン)になり、そして幸せ感をつくるホルモンであるセロトニンとなって、最終的に眠りの質をつくるホルモンであるメラトニンになります。
トリプトファンが5-HTPに変わるには、鉄、葉酸、ビタミンC、BH-4、メチル基供与体であるSAMeなどが、その次のセロトニンに変わるには、ビタミンB6。最終的にメラトニンに変わるときには、メチル基供与体であるSAMeに加えて、ビタミンB12、マグネシウムが必要となります。
メラトニン生成とビタミンB6
メラトニン生成のプロセスで必要なビタミンB6は、20歳男性の場合、1日に1.4mg必要といわれています。食品に換算すると、にんにく2玉、アミノ酸スコアまで考えると、レバー串6本分に相当します。こうして考えると、食べ物だけに頼るのは意外と大変です。
それもふまえたうえで、もしビタミンB6が不足するならば、以下のような理由が考えられます。
- 根本的に足りていない、食べていない状態のとき
- ビタミンB6を必要とする代謝が活性化していて、需要が増えているとき
- 睡眠を邪魔するものがあるときや、作れないとき
その中で、ビタミンB6が吸収できないときとはどんな時でしょうか。それは、例えば、抗生物質を飲んで、悪玉菌だけでなく善玉菌も死んでしまう時。抗生物質のセフメタゾン、シオマリン、ベストコールなどは、投与してから2~3日で半分くらいの菌がほとんどなくなります。お腹の中の菌のバランスが崩れるのです。そして、ビタミンB6を作るビフィズス菌が縄張り争いに負けてどんどん減少していくと、空いてしまった縄張りに悪玉菌が増えて、ビタミンB6の産生が追いつかなくなります。
各種抗生剤投与 に よる腸内細菌叢 の変動(無 菌動物を用 いた実験)
慶礁義塾大学医学部小児科学教室(主 任:小 佐野 満教授) 秋 田 博 伸
感染症学雑誌 第56巻 第12号
さらにカンジダ菌も増えていくと、腸の粘膜が荒れて、慢性炎症が起こることになります。お腹の状態が悪くてB6が作れない、その結果、セロトニンもメラトニンも作れなくなる…。そうすると幸せな感覚はどんどん少なくなりますし、眠れずに抑うつ症状が出てくることになります。
この状態は、血液データから推測することができます。
例えば、この人の、AST(GOT)、ALT(GPT)を見ると、どちらも20くらいが正常の目安なのに対して、ASTが一桁ととても低い状態になっています。ASTもALTも、これが作られるときには「ピリドキサールリン酸」というものになりますが、これはビタミンB6の活性型で、ビタミンB6にリン酸がついた状態。これが不足するとまずALTが先に減っていきますので、間接的にこの方はB6が不足しているということがわかります。
メラトニン生成と鉄
セロトニンとメラトニンを作るときに必要な鉄が不足するのは、胃酸がしっかりと出ていない時です。わたし達がお肉を食べると、胃の中でペプチノーゲンが胃酸によってペプシンに変化します。ところが、胃酸が少なくなると、ペプシンが減ってしまって、食べたお肉がペプシンによって分解されなくなります。
胃酸が減る原因には、以下のようなものがあります。
- 萎縮性胃炎
あまり症状がでないことが多いのですが、実際に胃のバリウム検査をしてみると40代以上の女性にはよく見られます。 - ピロリ菌感染
日本人に多く、胃で炎症を起こして粘膜を荒らすこともあります。ピロリ菌が胃の中で生きていられるのは、自分の周りにアンモニアを作り出して、胃酸を中和しているからです。 - 胃酸抑制剤
特に逆流性胃炎の方に処方される薬で、今では簡単に薬局で手に入るため、若い人が胃痛や胃もたれにも効くかもしれないと、ずっと飲んでることがあります。 - 胃切除後
胃酸は、胃がないと出てきません。 - たんぱく質不足、エネルギー不足、交感神経優位のとき
こういった状況のときにはペプシノーゲンがペプシンに変わらないので、たんぱく質の消化が落ちます。
鉄不足の人が病院で一般的に処方される鉄剤には、硫酸第一鉄、フマル酸第一鉄、クエン酸第一鉄、ピロリン酸第二鉄といったものがあります。これらは、大抵の場合、二価の鉄を体内で三価の鉄に変えて体に吸収させるようにできていますが、これは胃の中のpHが下がることで起こるので、胃酸が必要となる。
けれども、この変化が起きるときには必ず活性酸素が発生するので、胃粘膜が荒れたりなどの障害が起こります。もともと胃の粘膜が丈夫であれば、これに対抗する還元酵素を出すことができますから、鉄剤を飲んでも問題はありません。しかし、鉄不足の人はもともと胃粘膜が弱っていることが多いために還元酵素がうまく作れず、胃粘膜の障害はさらに大きくなります。そもそも胃腸機能がものすごく落ちている人は鉄剤を飲めないということがあるということになります。
まとめると、胃酸が出ていないと、結果的に、鉄が不足する→トリプトファンが5-HTPに変えられない→セロトニン、メラトニンが作られない・・・という循環になって、不眠症のリスクがとても高くなるということです。
これを血液データで見ていきます。
この人の場合、例えば、赤血球の数は、「456」と基準値内です。また、ヘモグロビン、ヘマトクリット、MCV、MCHも全て基準値内ですが、一番端の「めやす」と比べてみると、全部はずれています。
このように、基準値の範囲にあっても、元気で動ける状態の本当の理想値に比べると下がっているような時、実は、もう症状が出てくることが多いです。
成人女性におけるヘモグロビン値分布からは、基準値である「11~15」以下にあたる人は約20%、つまり5人に1人くらいの成人女性が貧血ということになります。
これは、体の中の鉄の模式図です。貯蔵鉄と結成鉄と血色素からなっています。鉄が少なくなってくると、貯蔵鉄→血清鉄→血色素の順で鉄がなくなっていきますが、「鉄欠乏性貧血」という診断になるのは、最後の段階。この時にはかなりひどい鉄欠乏の状態となっているので、治すのはとても大変になっています。貧血と診断されなくても鉄欠乏の症状が出るのは、貯蔵鉄や血清鉄の部分が少なくなるからです。
この貯蔵鉄の状態は、血液データのフェリチンという項目でみることができます。この値が医師が使う『メルクマニュアル』に従えば12以下で鉄欠乏性貧血となりますが、実際には20を下回ると、かなりシビアな鉄欠乏の症状が出ますし、50以下でも症状の出ている場合が多くなります。
グラフでは、フェリチン値20を切る女性は、生理がある層で35%以上、実際に症状が出ていることの多い50以下となると半数以上なので、女性の半分には不眠症のリスクがあると推察できます。
鉄不足で酸素を運ぶ能力がおちているとき、私たちの身体は、心拍数を増やすことで、末梢の血流を増加させ、トータルの酸素量を保とうとします。
この心拍数を増やすのが交感神経です。
交感神経優位になると、瞳孔拡大、気管支拡張、血管収縮、血圧上昇、心機能亢進といったことが起こります。しかし、これがが働きすぎると、手指のふるえや、動悸、顔面蒼白、頻脈、発汗、不安といった症状になります。
これらは低血糖の症状と同じですが、これは血糖値を上げるためにアドレナリン、ノルアドレナリンなどが交感神経を刺激することによって起こります。
この交感神経を刺激する簡単な方法が、カフェインです。体の中にあるアデノシン受容体にアデノシンがつくと、副交感神経が刺激されたまったり状態になるのですが、ここにはカフェインもつくことができます。そして、いったんカフェインがついてしまうとアデノシンはつくことができなくなり、アデノシン受容体が働けなくなるので、頻脈になり、心臓が収縮する力が強くなり、末梢血管も収縮する。
つまり、カフェインは、ダイレクトに交感神経を刺激するわけではなく、リラックスモードをつくらないことで、結果として交感神経優位の状態をつくりだします。鉄欠乏の女性がカフェインを摂ってしまうと、ますます交感神経優位になり、自律神経の乱れが起こって、不眠につながります。男性よりも女性に不眠の訴えが多いのは、ベースに鉄欠乏があるからです。
メラトニン生成とビタミンB12
セロトニンはできているけれども、メラトニンができないという場合があります。これはB12不足が関係しています。
ビタミンB12は、大抵は肉に含まれています。まず肉が胃に入ると、その中のビタミンB12が胃酸によってハプトコリンと結びつく。そして、胃から出た内因子とビタミンB12 が回腸末端でくっついて吸収される。つまり、ビタミンB12の吸収には、胃酸が必要ということになります。
胃酸をしっかり分泌させるには、以下のようなことが必要です。
- 丈夫な粘膜
材料となるたんぱく質、ミネラルが必要。粘膜や粘液を作るためのビタミンAも、たくさん必要 - リラックス
消化管はリラックスすることで動くため、十分な睡眠やストレス対策が必要。また、カフェインやニコチンなど交感神経を優位にするものはできるだけ減らす。 - 酸性に保つ
胃酸が足りない場合には、酢、クエン酸、レモン、梅干しなどを活用する。胃酸抑制剤や重曹はできるだけ使わない。胃腸薬は中身をよく見ること。
胃酸が少ないと、たんぱく質の分解がうまくできないため、腸にも影響が出てきます。たんぱく質は腸に入ると、すい臓から分泌される消化酵素で、より小さな分子であるペプチドに分解され、さらに腸粘膜の表面にある消化酵素によってさらに小さなアミノ酸に分解されます。
しかし、腸に炎症がある場合や胃酸が分泌されていない場合で、消化酵素が少ない場合は、肉を食べても、すべてをペプチドに分解することができないため、一部がたんぱく質のまま体の中に入ってしまいます。つまり、異種たんぱくが体の中に入って、バリア破壊がおこり、アレルギーが発生。アレルギーは炎症そのものなので消化吸収の悪い状態では悪玉菌が増える、カンジダ菌が増える。そして、ずっと炎症が続くーこれが慢性炎症です。
便秘や下痢、痛みがなくても、胃酸が少ない、何となく胃もたれがするといった状態でも、すでにお腹に炎症があるということになります。
このように体に炎症がある場合、トリプトファンのほとんどはキヌレニン経路に流れます。キヌレニン経路では、下図のように、電子伝達系でエネルギーをつくれるよう、ニコチン酸(ナイアシン)からNAD、NADHという活性型のナイアシンを作ります。
ところが、その途中で作られるキノリン酸とキヌレン酸は、炎症物質です。本来なら、すぐにエネルギーに変換していくのですが、代謝が滞っている場合にはここで止まってしまうことがあります。
また、キノリン酸やキヌレン酸が増えるとグルタミン酸受容体と結びつき、脳内でドーパミン過剰の刺激を起こしてしまいます。特にリーキーガットによってグルタミン酸受容体に入る物質が増えると、神経刺激が多くなります。
下図は、グルタミン酸受容体の模式図です。グルタミン酸受容体は、神経の末端にある袋の中から放出されたグルタミン酸を、レセプターで受け止めます(図A)。レセプターに結びつかず余ったグルタミン酸は、近くのグリア細胞に吸収されさえすれば、過剰な影響はありません(図B)。けれども、キノリン酸やキヌレン酸のような神経刺激物質がでた場合には、処理が追いつかないほどのグルタミン酸がずっと放出され続けるため、神経が過剰に刺激されて、イライラしたり、興奮したり、場合によっては痙攣が起こるなどということが起こります(図C)。
また、刺激された細胞は、膜の表面の電位が変化するため、カルシウムイオンがたくさん入って過剰刺激が起こります。この状態が続くと、細胞の中にカルシウムが溜って細胞が死んでしまうこともあります。死んでしまった細胞が、カルシウム沈着するのはこれと同じ理由からです。
2-4.交感神経を刺激するホルモン
交感神経を刺激するホルモンの材料として、チロシンがあります。チロシンが、L-DOPA→ドーパミン→ノルアドレナリン→アドレナリンへと変わります。
ドーパミンは適度に分泌されると、集中力、やる気、楽しさになります。ノルアドレナリンは興奮、集中力、意欲になりますが、出すぎると、怒りやイライラ、不安、恐怖感といったメンタルの症状となります。 ただし、ノルアドレナリンが、すぐにアドレナリンに変わってしまえば、メンタル症状は割と軽くなります。
ここで働くのが、PNMT(フェニルエタノールアミン-N-メチルトランスフェラーゼ)という酵素で、副腎髄質にあります。
PNMTは、コルチゾールがあると作られます。つまり、ストレスの急性期にはPNMTが増え、アドレナリンもドンと作られて、血圧が上がる→脈拍が上がる→体温が上がって発汗が起こり、すぐ敵と戦える状態になれる。
ところが、ストレスが溜まってくると、コルチゾールが次第に出なくなって、PNMTも下がり、ノルアドレナリンが余る、アドレナリンが不足するという状態になる。こうなると、 イライラや、不安、恐怖感、そして、泣きたくなったり焦りが出たりと、気持ちの症状だけがでてきて、体がついてこない。これは、副腎疲労の症状です。例えば、学校に行きたくて泣くけれども、玄関から出ることができない子どもが、それにあたります。
亜鉛と銅
ドーパミンがノルアドレナリンに変わるとき、酸素やビタミンC、銅が必要になります。銅がたくさん増えると、ドーパミンはノルアドレナリン、アドレナリンにどんどん変わっていきます。この銅を運ぶためには、セルロプラスミンというたんぱく質が必要です。そして、セルロプラスミンを作るように刺激を送るのが、女性ホルモンの一種であるエストロゲンです。
エストロゲンが増えるのは、例えば妊娠したとき。これは、赤ちゃんの血管をたくさん作るために銅が必要になるからです。けれども、銅が過剰になると、不安症状やイライラ、暴力、こだわりがあらわれます。
本来、赤ちゃんをつくる準備をしてくれるエストロゲンは、使われた後に、COMTという酵素で不活化されます。そして、水に溶けやすくするグルクロン酸抱合をして、胆汁や尿の中に捨てられていきます。
このCOMTは、エストロゲンだけではなく、ノルアドレナリン、アドレナリンの処理もしています。けれども、COMTが十分にない、マグネシウム不足で十分に機能しないところで、エストロゲンが多くなる、ノルアドレナリンやアドレナリンといった神経を刺激する神経伝達物質が増えてしまうと、COMTはキャパオーバーになります。
もともとこういう傾向の人が、貧血があったりカフェインをとったりすると、イライラ、不安、焦燥感といった症状がさらに強く出ます。COMTの遺伝子変異がある場合は、特にそうです。また、体内にエストロゲンやカテコールアミン系が増えるため、生理前のイライラがとても強いということもあります。
月経前症候群(PMS)
月経前症候群についてみていきます。
生理前には黄体ホルモン(プロゲステロン)だけでなく、卵胞ホルモン(エストロゲン)も増えます。すると、エストロゲンの処理が追いつかなくなるため、月経前になると不眠やイライラが起こってきます。
さらに、エストロゲンの処理ができないということは、アドレナリン、ノルアドレナリンも処理できないということに繋がって、相対的にCOMTが不足している症状が出ることになります。こうして、女性ホルモンの影響で浮腫みも出ますし、カテコールアミンの影響でイライラ、不安、不眠が出てくるようになります。
ここに銅過剰があると、コントロールの効かない感情の逸脱が出て、まったく止めることができません。過剰な銅を処理をするには、銅と結びついて処理するたんぱく質「メタロチオネイン」が必要になります。「メタロ」は金属、「チオ」は硫黄という意味で、硫黄のついた分子で金属を処理してくれる天然のキレート剤になります。
このメタロチオネインを増やすようにサインするのが亜鉛なので、亜鉛が十分あれば気持ちが穏やかになりますし、不足していればPMSのリスクが上がるということになります。
また、COMTを作るにはマグネシウムが必要ですし、カテコールアミンを過剰に増やさないためには鉄が必要になります。
そして、亜鉛はミネラルですから、胃酸が必要です。この亜鉛を使った酵素が「アルカリフォスファターゼ」で、血液検査ではALPを見ることで、間接的に亜鉛の量を計ることができます。
3.不眠に使われる漢方
不眠に使われる漢方、不眠にはこの漢方というものはありません。使われるものはたくさんあり、どれも不眠に効きますが、不眠に効くというわけではなく、その人の体質に合わせて使い分けるものです。
<不眠に使われる漢方>
- 柴胡加竜骨牡蠣湯
- 柴胡桂枝乾姜湯
- 抑肝散
- 抑肝散加陳皮半夏
- 湯胆湯
- 酸棗仁湯
- 帰脾湯
- 加味帰脾湯
- 柴甘麦大棗湯
- 半夏厚朴湯
- 桃核承気湯
- 女神散
- 人参養栄湯
- 湯清飲
- 黄連解毒湯
- 桂皮加竜骨牡蠣湯
今回は、その中の抑肝散と抑肝散加陳皮半夏、人参養栄湯と加味帰脾湯について説明していきます。
3-1.抑肝散
保険で処方することができ、エキス剤もある漢方薬です。抑肝散加陳皮半夏という漢方薬のベースにもなっています。赤ちゃんの熱性痙攣、夜泣き、もう少し大きくなった子どもの疳の虫にも使われます。
<使用例>
- 夜泣き
- 寝つきが悪い
- 寝起きが悪い
- 夜驚症
- キーキー声を出す
- かみつき
- ダダをこねる
- 良くなく
- 食欲がない
- 便秘
- 下痢
- 熱を出しやすい
- ひきつけを起こす
『保嬰撮要』という本には、この抑肝散は「母子同腹」といって、お母さんと子どもと一緒に飲ませなさいと書かれています。これはお母さんから「警報フェロモン」を出さないようにするためです。
警報フェロモンというのは、緊張したり、不安になったりしたときに出る化学物質で、これを嗅ぐと嗅いだ人の交感神経優位になって、ファイト&フライト、場合によってはフリーズするように働きます。2014年に発表された論文では、ラットが危機を伝えるときにお尻からでるフェロモンは、メチルペンタナールとヘキサナールという2つの脂肪酸で、これがが混ざり合った時に、他のラットの不安を増大するということがわかっています。
赤ちゃんの調子が悪くて夜泣きをすると、お母さんが疲れる…。このような場合は、2人とも警報フェロモンを出しまくります。家の中で警報フェロモンを出し続けているので、家族が家に帰って来るとその影響でイライラしたり暴れたりする。
このような場合は、お母さんが抑肝散を飲みます。 そうすることで、お母さん警報ホルモンが出なくなって、赤ちゃんも落ち着いて、家族にに影響が及ばないようになります。これが「母子同服」の理由です。もちろん、家族がが飲んでも全く構いません。
これは家庭内だけに限らず、保育園や介護の現場、職場、学校など集団生活の場などでも活用することができます。
ちなみに、この警報フェロモンは、床などを水拭きしたり、スチームクリーナーをかけたりすることで、その影響を減らすことができます。ただし、拭きとった後の雑巾はすぐに洗う、片付ける、袋に入れてしまうなどしないといけません。
抑肝散は、以下のような6つの材料から作られています。
●白朮(ビャクジュツ)
健胃、整腸、利尿など、水分調整をする漢方です。お腹の中がちゃぷちゃぷしている、むくみがあるタイプの人に使います。
●川芎(センキュウ)、当帰(トウキ)
セリの仲間で、赤血球を増やす、血を増やす働きがあります。 このトウキとセンキュウにジオウとシャクヤクをプラスした「四物湯」という漢方があります。これを6g、12週間、高齢者の方に飲んでもらい、それ以外は、これまで通りの生活をおくってもらったところ、赤血球の数、ヘモグロビン、ヘマトクリットが増えました。
これはおそらく、「四物湯」に赤血球を作るのに必要な栄養素の吸収をよくしたり、酵素の活性を上げる効果があるからではないかと予想しています。
●柴胡(サイコ)
セリの仲間で、静岡県三島の「ミシマサイコ」が有名です。サイコサポニンという成分がメインで、抗消化性潰瘍、免疫調整作用、ステロイド様作用、抗ストレス作用があります。呼吸が浅く横隔膜が動かない、肋間筋が動かず深呼吸すると肩が上がるような、慢性的にストレスがあるタイプに使います。肝臓の炎症でそこがガチガチに張っているといった場合にも使います。小柴胡湯が肝炎に使われるのはそういう理由からです。
●甘草(カンゾウ)
豆の仲間で、根そのものや根の皮の部分を使用します。副腎皮質様ホルモン作用、抗炎症・抗アレルギー作用があります。なめると甘いので、栽培された甘草は、その7~8割が甘味料に使われています。リコリスキャンディはこれを使ったお菓子です。
主な成分は、グリチルリチン、強力ネオミノファーゲンという医薬品の成分でもあるものです。
グリチルリチンには長い分子の端にグルクロン酸が2つついていて、これを腸内細菌が食べることで、グリチルリチンがグリチルレチンに変わり、体の中で働けるようになります。グリチルレチンには、コルチゾールを不活性化する11β-HSD2という酵素の働きを止める効果あるため、カンゾウを使うとコルチゾールが体内で増え、結果として抗免疫作用や血糖を作って元気になったり、ストレスに耐えられるようになります。
その昔、ピラミッドを作るときやアレキサンダー大王が世界征服をするときにも、カンゾウは使われていたそうです。なので、コルチゾール不足による副腎疲労のときは、カンゾウが入った生薬をうまく使うことでコルチゾールの手伝いをしてあげます。そうすると、副腎の負担が減り、徐々に副腎疲労が改善してきますし、メラトニンもゆっくり戻ってきて動けるようになっていきます。
●釣藤鈎(チョウトウコウ)
抑肝散のメイン成分で、降圧、鎮静、血管拡張、体をリラックスさせる効果があります。カギカズラという植物を使います。同属のキャッツクロウも同じような作用をもつハーブで、主要成分であるリンコフィリンは両方に入っています。
釣藤鋼は、グルタミン酸が相手側のレセプターにくっつくのを止め、反対側のアストロサイトにギュッと取り込むのを強くしてくれるので、グルタミン酸が反応しすぎるのを穏やかにし、ドーパミンを出にくします。この作用によって、抑肝散は疳の虫に効くわけです。
実験では、亜鉛欠乏食ばかりを与えたイライラマウスに抑肝散を飲ませると、マウスが落ち着いたという結果が出ています。イライラしている人には、抑肝散と亜鉛の両方を飲んでもらうと効果が高いかもしれません。
3-2.抑肝散加陳皮半夏
「抑肝散陳皮半夏」という漢方薬は、抑肝散に、陳皮(チンピ)と半夏(ハンゲ)を加えたものです。
●半夏(ハンゲ)
里芋の仲間で、悪心、嘔吐、胃の中のお水がちゃぷちゃぷ溜っている胃内停水の状態、服中雷鳴、心痛、咽頭痛、咳などに使います。
●陳皮(チンピ)
ミカンの皮を乾燥させたもので、胃中を温めしゃっくりを止める、胃の動きをよくる働きがあります。これは、胃の中にちゃぷちゃぷお水が溜まっている人、これが原因で吐き気がある人、慢性胃炎の人、二日酔いで胃もたれしているような時など、胃がとても弱っている状態に使います。
お腹を動かす漢方には、「四君子湯」というものもあります。これには、人参や白朮(ビャクジュツ)、茯苓(ブクリョウ)といった、お腹の水をコントロールする生薬が使われています。大棗(タイソウ)や甘草(カンゾウ)、生姜(ショウキョウ)も使われていますが、これはお腹の動きに関係する生薬です。
この四君子湯に、半夏と陳皮を足した漢方が、「六君子湯」です。これは、胃腸機能が落ちてしまって、エネルギーが作れない状態の人に使います。
二陳湯も、四君子湯も、六君子湯もお腹を治すの薬ですが、結果的にメンタルが上がってくることが多くあります。それは、消化管の動きは、心に敏感だから。自律神経の乱れでお腹の調子が悪くなり、メンタルの異常が起こり、不眠が起こる。ですから、不眠に対しては、自律神経とお腹の両方を整えてあげることは、理にかなっています。
3-3.抑肝散と抑肝散加陳皮半夏の使い方
どちらも、イライラするなど神経過敏の人、お腹が弱っている人、長期間のストレスをためている人に使います。
二つの使い分けは、以下のようになります。
抑肝散 | ・胃のあたりがモヤモヤして、胃がギューッと縮まっている ・どちらかというと興奮している ・理由がよくわからないキレ方をする |
抑肝散加陳皮 | ・お腹がちゃぷちゃぷで、貧血があったりイライラしていたりする ・おへそや、その少し左側の上のあたりを触るとドキドキしている、大動脈が脈打っている ・我慢強く、誰にも相談せず、本人も気づかないうちに怒りをためている ・口癖は、「どうせ」「だって」「私が悪い」「私が我慢すればいい」 |
具体的な使い方ですが、基本は朝昼晩の食前に飲みます。食後でも効果はありますが、保険適用の場合は食前になります。
ときどき効きすぎて、昼間に眠くなるという人がいますが、こういうタイプは、カフェインをどんどん入れてバリバリ働いているキャリアな方が多いので、昼は抜いてもらうようにすることも多いです。
また、朝昼晩飲んでも全く眠れない場合には、昼の分を夜にシフトして飲んでもらう、これでもまだダメなときは、朝の分も夕方にシフトするといったように臨機応変に使うことができます。非常に忙しい人は朝晩だけでよいですし、女性は体も小さいので2包でも効いてきます。
突然キレてしまうタイプの場合には、朝晩をベースにして、もう1包は頓用で使うこともできます。財布やバッグに入れておくなど身近に置いておく、家族の見える場所に置いておくなどして、イラッときたときに使うと大体20分くらいで効いてきます。
お母さんの調子が悪いとき、子どもから「お母さん、お薬飲んで」と言えるようになるとトラブルが激減します。
このように使っていくと、いつもイライラして、何か気に入らないという症状は、1週間くらいで、自覚のない怒りや「どうせ私なんて」と溜め込む傾向には、3週間を過ぎてから収まってくることが多いです。この時、飲んで20分で効いているのは、たいてい釣藤鋼(チョウトウコウ)です。そして、3週間以上飲むと効果が変わってくるのは、お腹を整えているからです。
3-4.人参養栄湯
「人参養栄湯」も六君子湯や四物湯と処方が近く、弱ったお腹、減ってしまった血を増やす漢方薬です。
これには、以下のような生薬が入っています。
●人参、黄耆(オウギ)
人参には、抗疲労効果があります。ネズミを使った実験では、高麗人参を飲ませた個体と飲ませなかった個体とでは、おもりをつけて泳げる時間が伸びる、疲労からの回復時間も半部近くに減るという結果が出ています。つまり、人参には、頑張れて、しかも早く回復するという効果があるということになります。
また、卵巣を取り除いた骨粗しょう症マウスを使った実験でば、人参によって骨密度の減り方が半分くらいで済む、たくさん使うと8割ぐらいと、その進み具合を抑えられるということもわかっています。人参には、女性ホルモンの代わりになる、骨を丈夫にする効果があるということです。
黄耆は、人参とセットで使うととても効果があるもので、2つが入っているものを「参耆剤(ジンギザイ)」といいます。人参の働きは、胃腸を整えること、つまり外から栄養を入れて体を丈夫にする、インプットに効くもの。黄耆のほうは、そのエネルギーを使って体を動かすためのもの、エネルギーのアウトプットに効くものと思ってください。人参とオウギを使うことで、アウトプットとインプットの量を増やすことができます。人参と黄耆が入っていたら元気になる処方だなという目安になります。
●遠志(オンジ)
遠志(オンジ)には、精神安定、去痰、利尿、動悸、健忘、不眠、咳嗽、多痰などの効果があります。
最近は、神経への効果も注目されています。神経の奥のほうでは、アセチルCoAとコリンがくっついてアセチルコリンができるのですが、このときにコリンアセチルトランスフェラーゼという酵素を使います。遠志(オンジ)はこれを活性化するといわれています。アセチルコリンが出るので、副交感神経が刺激されます。
そして、もう一つ注目されているのが、認知症予防への効果です。まだ論文は少ないのですが、効果を狙った遠志単品のサプリメントがドラッグストアで販売されるようになっています。加味帰脾湯を使って記憶がよくなるという症例も出ています。
「人参養栄湯」で元気になった事例をご紹介します。
この女性は圧迫骨折になったと、14種類もの薬を飲んでいました。チェックを入れたのが、降圧剤と睡眠です。まず、緑茶、紅茶、コーヒーなど、血圧を上げて眠れなくするものを生活から抜き、そば茶に変えてもらったところ、血圧が30くらい下がって、睡眠薬がいらなくなりました。
そして、すでに症状がほぼなくなっているにもかかわらず、逆流性食道炎用に服用し続けていた胃酸抑制剤をもやめてもらいました。
さらに、食事が炭水化物ばかりだったので、食事のコントロールをしたところ、血糖値もグッと下がってコントロールできるようになったので、血糖降下薬も抜きました。
最後に、2種類の利尿薬もやめてもらいましたが、たんぱく質を十分に摂れるようになったので、ぱんぱんに浮腫んでいた足が半年後にはスラッとしました。本人が太っていると思っていたのは、実際には筋肉が少ないサルコペニアといって、代謝が落ち、栄養不足、栄養失調になっている状態でした。こうなると、元気そうに見えても体が重いため、転びやすく、転倒の原因にもなっています。
また、毛髪の状態も変化しました。「骨折前」「骨折後1年」「さらに4年後」の髪と地肌の状態はどんどんはよくなって、白髪がほとんどなくなって、髪質もチリチリではなくなり毛艶が出ています。この間、「人参養栄湯」を飲んでもらっていました。また、この方は見た目が変わっただけでなく、食べる量も増えました。
3-5.加味帰脾湯
「人参養栄湯」と似た処方に、「加味帰脾湯」というものがあります。ベースに貧血や食欲不振があって弱っている人に使います。出血があるタイプ、例えばガンで出血がある、子宮からの出血が多い場合に使うこともあります。メンタル症状としては、不安が強くて焦りがある、心臓がドキドキする、不眠や健忘といった神経症状の強い方、本当に弱って収拾がつかないような方に使います。裏技として、白血病とか悪性貧血の方に使うこともありますし、耳の聞こえがおかしくなる耳管開放症に効くこともあります。
「加味帰脾湯」は「六君子湯」に似ていますが、半夏と陳皮がはいっていないので、「四君子湯」が入っているのと同じで、お腹を整える要素がたくさんあります。「四物湯」とは当帰が共通するので、「加味帰脾湯」にはお腹を整えて血を増やす作用があるということになります。 そして、「人参養栄湯」とは6種類が共通しています。特に共通するのが人参と黄耆(オウギ)。この2つが入っているので、「加味帰脾湯」も「参耆剤」です。
●酸棗仁(サンソウニン)
「加味帰脾湯」には、サネブトナツメの種子である酸棗仁(サンソウニン)が入っています。この中のジュジュボシド(サポニン)という成分には、精神安定作用、抗不眠効果、鎮静性・抗痙攣作用があります。
そして、ラットの実験からは、海馬の中にGABA-A受容体サブユニットを発現させ、GABA-A受容体を増やすことがわかっています。これは、ベンゾジアゼピン(抗不安薬などの精神安定剤の成分)がくっつきやすいレセプターができるということなので、安定剤を飲んでいる場合は「加味帰脾湯」を併用してもらうと、薬が少なくて済む可能性があります。
「加味帰脾湯」は、胃腸機能をアップしたい人、エネルギーを作りたい人、そして副交感神経を刺激して気持ちを落ち着ける、認知機能をアップさせたい人に使います。
4.まとめ
「眠れない」と聞いたとき、安易に睡眠薬を出すドクターは多いですし、患者さんのほうも眠れないから睡眠薬という発想になりがちです。
けれどもその前に考えてほしいのは、お腹の力が弱っていないか、副腎が弱り、交感神経優位が進んでさらに胃腸機能が落ちていないか、疲れすぎていないか、貧血が隠れていないか、交感神経の刺激になるカフェインのようなものをとっていないかーといったことです。これらをチェックせずに、睡眠薬を使う意味はほとんどありません。
また、眠れないというときには、寝床がとても寒いことがあります。一戸建てで、1階にお布団を敷いている人の場合、これが原因ということがあります。夏に旦那さんがエアコンをガンガンつけて、寒くて寝られないという奥さんも結構いますが、そういうときには期間限定の家庭内別居もありかなと思います。
その他には、外で音がする、横の人のいびきがうるさいということもあります。
ストレスが溜まっていたり、どこかに炎症があったりするということもあります。炎症の場合は、痛かったり腫れていたりすればわかりやすいのですが、慢性の副鼻腔炎とか歯根嚢胞、お腹の慢性炎症といったわかりにくい炎症のこともあります。
意外に、お腹が空いていて眠れないということもあります。こういった時には、我慢しているとアドレナリンが出て空腹感が消えてしまうので、軽く食べてから眠ってみるのもいいかもしれません。眠る前には絶対に食べないと決めている方の場合は、少し飲み物やスープなどを飲んでみてもいいかもしれません。
血糖コントロールも、重要なポイントです。朝起きられない、夜何度も起きるという方は、夜間低血糖を起こしている場合があります。その原因は、コルチゾールの低下、副腎疲労です。そして、血糖値を維持するためには、肝臓が丈夫であること、筋肉がしっかりついていることが必要なので、ある程度丈夫になったら筋トレも不眠の治療に使えるようになります。
生活の改善も大切です。パートナーや両親との関係がこじれていると不眠につながります。育児とか介護はワンオペでせず、できるだけいろんな人に頼みましょう。
トラウマを持っている方は、ちょっとしたことで過緊張になりやすいので、カウンセリングが必要になります。
運動不足の解消も必要です。筋肉をつけたほうが、不眠には効果があります。
お部屋を暗くするのも大事です。光が入ると、脳がα波にならず、目覚めてしまうタイプの脳波に変わってしまいます。夜のネットやスマホも、控えてください。
最後に。不眠というのは、症状の一つです。不眠という病気ではありません。まず、他の症状を全部洗い出してください。そして基礎疾患の確認をします。
お腹は心に直結しています。「腹をかかえる」「腹をわる」「腹八分目」といった表現があるように、お腹とメンタルは直結しているのです。まずは、腹八分で食べ過ぎないこと、これが大事になります。
お腹をケアすることで体を丈夫にして、結果的に不眠にならない。そして、不眠を解消するために、生理学的なこと、生化学的なこと、その道具として生薬やハーブをうまく使ってもらえたらいいなと思っています。