前回は、「遺伝的に弱い赤ちゃんは、生まれた後もフォローが必要」という話でした。
今回は、葉酸とがんの関係の話からはじめたいと思います。
葉酸とがんの関係
葉酸の乳がんの成長と進行に対する影響については以前から賛否両論があります。
乳がんに対する防御効果を持つという報告もありますが、一方で高用量の葉酸は乳がんの成長を促進するという報告もあります。
カナダ・トロント大学のキム博士ら研究グループは、2014年2月に「高用量の葉酸サプリメントの摂取が、ラットの乳腺組織にあるがん細胞の成長を促進する」と発表しました。
キム博士は、
このことは非常に重要な意味合いを持っています。
なぜなら、北米の乳がん患者は、葉酸強化食品やサプリメントによって大量の葉酸を摂取することが多いからです。
彼女らは、ビタミンをはじめとしたサプリメントを使うことが多く、その割合は乳がん患者がもっとも高いのです。
とコメントしています。
前回お話しした政府の政策によって、北米における葉酸の消費量は過去15年間にドラマチックに上昇しています。
PLOS ONE
Folic Acid Supplementation Promotes Mammary Tumor Progression in a Rat Mode
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0084635
なぜ、葉酸を補充するとだめなのか?
さてここで、ひとつ疑問が生じてきます。
前回お話ししたように、葉酸はDNAの合成に関わるビタミンです。
葉酸はプリンとピリミジンの生合成に必須の補酵素であり、DNA合成に重要な働きをしています。
だから、葉酸が欠乏したままでは細胞分裂がうまくいかなくなります。
理屈で考えれば、葉酸を補充することは正常な細胞分裂を助け、がんを予防するように思えます。
なのになぜ、葉酸サプリメントががんを増やしてしまうのでしょうか?
前回にご紹介したベン・リンチ博士がこの疑問に対しても明確に答えをだしています。
理由は、「(一部を除く)サプリメントの葉酸は未活性型の葉酸だから」です。
前回お話ししましたように葉酸には活性型と未活性型があります。
緑黄色野菜のサラダには、活性型と未活性型の両方の葉酸が含まれています。それに対してサプリメントの葉酸は、すべて未活性型です。未活性型の葉酸が活性化されるためには、いくつもの過程が必要です。
その活性化を行う酵素や補酵素が十分でなかったり、うまく働かない場合、活性型葉酸は十分つくられず、未活性の葉酸が体内にたまってしまいます。
また、活性化葉酸が働くのには、葉酸結合蛋白(FBP)が必要ですが、非活性型の葉酸サプリメントを摂った女性の体内の葉酸結合蛋白は激減することがわかっています。
Am J Clin Nutr. 2009 Jan;89(1):216-20.
つまり、葉酸の活性化がうまくいかない人が、葉酸サプリメントを摂取すると、活性化葉酸の働きも邪魔されてしまう恐れがあるのです。
自閉症と葉酸とメチレーション
話は、自閉症に戻ります。
乳幼児が言葉を喋り始めるようになるために、葉酸は非常に重要な役割を担っています。
活性化葉酸が、様々な物質をメチル化することによって、
- DNAが合成されたり
- 神経伝達物質を作ったり
- 炎症を抑えたり
- 解毒をおこなったり
することができるようになるからです。
メチル化というのは、化学反応のひとつで、この一連の反応の事をメチル化経路、もしくはメチレーション回路と言います。
葉酸が活性化されないと、神経伝達物質が作られないので、脳の発達が十分進まず、言語の習得に困難が生じます。
自閉症の予防、治療には葉酸をうまく働かせ、メチレーション回路を回すことが大変重要です。
葉酸がうまく働いていない人
「葉酸がうまく働いていない人が、葉酸サプリメントを飲んだら悪化する可能性がある」
ということですが、葉酸サプリが悪影響を及ぼしそうな人は葉酸の活性化がうまくいかない人です。
だから、葉酸の活性化ができるかどうかというのは、非常に重要な話なのです。
そういうわけで前回の繰り返しになりますが、葉酸活性化酵素(MTHFR)の遺伝子を測定することが大切です。葉酸の活性化のカギを握る遺伝子であり、日本人の40%以上に変異が見られることがわかっています。
MTHFR遺伝子の型によって、血液中の活性化葉酸と未活性型葉酸の濃度に違いが出ることも報告されています。
J. Nutr. December 1, 2012 vol. 142 no. 12 2154-2160
2000年以降、遺伝子検査の価格崩壊が進みました。そのおかげで、この分野の研究はかなりすすみました。
今までお話しした
- 実は、サプリメントの葉酸(folic acid)と食事中葉酸(folate)は異なるものである
- サプリメントの葉酸は、食事の葉酸より活性化されにくく、蓄積されやすい
- サプリメントの葉酸は、活性化葉酸の働きを弱める
- MTHFRの遺伝子変異は多くの人に見られる(アジア人では40%以上)
- 遺伝子変異があると最高70%活性化の働きが落ちる
- 自閉症児の多くにMTHFR遺伝子の変異が見られる
という話は、ここ10年で明確になってきた、サプリメント業界の最新情報です。
自閉症がこれほどまでに増えた原因は、統計的にみるとおそらく化学物質による汚染が第1の原因かもしれません。
しかし、今回ご紹介した
葉酸摂取によって、本来は死産であった胎児が無事に生まれるようになったこと
しかし、出生後は遺伝的な弱さをカバーしてくれるしくみがないこと
葉酸サプリメントは実は葉酸の活性化を邪魔すること
という要素は現状に少なからぬ影響を与えているのは間違いのないところです。
まとめ
自閉症は、1990年以降、妊婦に対して世界各国が葉酸サプリメント摂取を推奨し始めてから劇的に増加しています。
皮肉なことに、「通常なら死産になる子供が葉酸のおかげでちゃんと生まれることができるようになったから」というのが理由の一つです。
神経管異常を起こす遺伝子と、自閉症を起こす遺伝子が一部共通していることが近年の研究でわかっています。
妊娠中に葉酸を投与する事で神経管異常のリスクは逃れることができるようになりました。
しかし、残念ながら現時点では、各国の対応は、出生時の神経異常の防止のみにとどまっており、生まれた後のフォロープログラムはありません。
また、神経系に問題を引き起こすMTHFR遺伝子変異はアジア系に多いという事がわかっています。
以上の事から考えて、今後もアジア圏における自閉症の発症頻度に注意する必要があります。
ただ「活性化葉酸サプリ」をとればいいという単純なものではありません。
サプリメントをとることでかえって問題が複雑になる場合もあります。
遺伝子検査のすすめ
今後出産を予定している方(特に高齢出産や流産の既往のある方、遺伝的に心配のある方)、お子さんが自閉症と診断された方に、私がお勧めするのは、MTHFRをはじめとした遺伝子検査を受けてみることです。
そこで遺伝子変異があるなら、まずは、この分野について勉強してみるのがよいと思います。
もちろんこの分野に詳しい医師に相談してみるのもよいでしょう。
さて、この葉酸活性化の問題ですが、解決手段の一つとして、すでに活性化されている葉酸サプリメントを使うという方法があります。
すでに活性化されているのでMTHFRの遺伝子変異があっても、その問題を回避することができます。
しかし、使い方を間違って問題を起こしている方が多数います。
サプリメントが効かない、サプリメントで症状が悪化する
爆発的行動、突然怒り出す
ということを経験された方は特に気を付けてください。
この分野に詳しいドクターの間では、活性型葉酸は全体の回路を整えた後に使うのが常識です。