副腎疲労は疾患の進行に伴い、コルチゾール・スティールという現象を引き起こすことが有名です。それに関連して「もともとエストロゲン過剰がある場合、副腎疲労でコルチゾール・スティールが行われたほうが、エストロゲンが減少してちょうどいいのでは?」とご質問がありました。コルチゾール・スティールとは何か?、本当に存在するのか?についてお答えします。
1 エストロゲン過剰について
まずは、エストロゲン過剰の話からです。生理周期に伴う二つの女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)は、生理の周期にしたがって、下記の図のように絶妙なバランスの上に成り立っています。生理開始から2週間(卵胞期)はエストロゲンのみが上昇し、排卵後の後半の2週(黄体期)はエストロゲンとプロゲステロンの両方が上昇します。卵胞から排卵し、それが黄体に変化して、黄体からプロゲステロンが分泌されるため、図のような形の大きな山が形成されます。
エストロゲンとプロゲステロンは、身体の中で反対の働きをします。お互いに押さえ込むような働きをするため、この二つのホルモンが両方とも同じように分泌されるのが理想ですが、このバランスが崩れる原因は下記の4通りです。
1 無排卵(排卵後の卵胞である黄体からプロゲステロンが作られる)
2 ダイオキシン、水銀、アルミニウム
3 前更年期(閉経するとEレベルは40-60%、Pレベルは120分の1に低下)
4 高脂肪食
2 エストロゲン過剰の原因
では、これらを一つずつ詳しく見ていきましょう。
2-1. 無排卵
排卵しないと黄体ができないため、プロゲステロンが分泌されません。多嚢胞性卵巣症候群や、インスリン抵抗性が強めの女性に無排卵の人が多いと言われています。
無排卵かどうかの判別は、基礎体温の計測でわかります。基礎体温は排卵の時期だけを知るためのものではありません。プロゲステロンは、甲状腺ホルモンの働きを介して体温を上げるので、健康な女性であれば、卵胞期に比べて黄体期は0.3度以上上がっているのが普通です。黄体期に体温が上がらない場合は、黄体機能不全かミトコンドリア機能不全のことが多いです。血液検査をするよりも、基礎体温を測ることで自律神経の緊張度合いとミトコンドリア機能が分かるので、特に若い女性にとって計測は不可欠です。
2-2.前更年期
35歳-60歳の間の前更年期には、生理的に女性ホルモンが減少します。エストロゲンは40-50%減りますが、プロゲステロンはもっと減り幅が広く、90-95%減ります。プロゲステロンの方が多く減るために、相対的にエストロゲン過剰になります。
2-3.ダイオキシン、水銀、アルミニウム
プラスチックのボトルや魚、ダイオキシンなどの環境ホルモンなどのホルモン撹乱物質は、エストロゲン様の働きを持っているためエストロゲンを優位にします。
2-4.高脂肪食
ホルモンの規制の問題でアメリカの牛肉は日本の牛肉の600倍のエストロゲンが入っているため、エストロゲンの働きを狂わせます。
これらの原因により、女性のみならず男性もエストロゲンの海に浮かんでいると言われていて、この状態を「エストロゲン優勢症候群」と言います。エストロゲン優勢症候群になると、様々な問題が起きます。エストロゲンは女性らしさを保つためにとても重要なホルモンですが、過剰に分泌されると乳がん、子宮がん、子宮内膜症、子宮筋腫など女性特有の問題を引き起こすことになります。
PMSや生理痛が強いのも立派なエストロゲン優勢症候群です。生理痛が強いということは、つまり物理的に子宮を曲げる力が強いということです。子宮を収縮させるのはエストロゲンとプロスタグランジンE2で、これには食生活が影響します。
3 コルチゾール・スティールとは
次は、コルチゾール・スティールの説明です。コレステロールからプレグネノロンを得て、コルチゾールとエストロゲンが生成されます。ストレスなどによってコルチゾールの需要が高まり、ホルモンの材料が全てコルチゾールに奪われてDHEAやエストロゲンが減少することを、一般的に「コルチゾール・スティール」と呼んでいます。
プレグネノロンはすべてのステロイドホルモンの前駆体なので、ストレスによるコルチゾールの過剰分泌は必然的にDHEAと他の下流ホルモンを製造するための前駆体として利用されるプレグネノロンを奪ってしまいます。
こちらのグラフは副腎疲労のステージ表です。非常にストレスがかかった副腎疲労の抵抗期のステージ1では、コルチゾールは上昇しますが、性ホルモンであるDHEAは減っています。このグラフで見るとあたかもプレグネノロンがコルチゾールに奪われてDHEAが下がっているように見えます。
副腎疲労に伴い、女性ホルモンが少なくなることを「コルチゾール・スティール」と言います。それでは、コルチゾール・スティールはエストロゲン過剰と同時に起きればちょうどいいんじゃないでしょうかというのが、冒頭のご質問の意味でした。
4 副腎皮質と主な生成物
下記は、ウィキペディアに掲載されているコレステロールの代謝マップです。
一番左上にある図が、コレステロールです。コレステロールが、各代謝によって様々な物質に変化していきます。右上にあるのは、コレステロールから生成されるアルドステロンです。コルチゾールも同じくコレステロールからできます。右下のピンクの三角形にあるのは女性ホルモンです。エストロゲンは、E1(エストリオール)、E2(エストラジオール)、E3(エストロン)の3つの総称ですが、全てコレステロールから生成されます。DHEAなどの様々なホルモンは、コレステロール骨格を持っています。副腎をウィキペディアで調べてみると、4層構造に分かれています。
副腎皮質と副腎髄質、真ん中にあるのは副腎髄質です。副腎皮質は、さらに球状層、束状層、網状層による三層構造に分かれています。球状層から主にアルドステロン、束状層からコルチゾール、網状層からDHEAというホルモンが生成されます。アドレナリン(エピネフリン)とノルアドレナリン(ノルエピネフリン)を作っている場所が副腎髄質で、その外側に副腎皮質があり、3層構造に分かれています。束状層は6割の大きさがあり、コルチゾールを生成しています。副腎皮質の場所によって主な生成物が違うということがこの図から分かります。
副腎皮質からはアルドステロンが分泌されて腎臓に働きます。2層目の束状層からはコルチゾールが分泌されて肝臓に働きます。内側の網状層は性ホルモンなので、生殖器に働きます。副腎髄質からは、エピネフリンが分泌されて心臓や血管に働きます。
コレステロールの代謝マップは、すべての代謝を一度に記載しているので誤解を招きがちです。実際にこのように全ての臓器で色々なホルモンが均等に生成される臓器や組織はありません。代謝マップの緑の縦の棒が酵素です。臓器や組織によって発現している酵素が違うので、組織によって生成物は異なってきます。
4-1球状層の場合
球状層の主な生成物はアルドステロンですが、その特徴はアンギオテンシンⅡ受容体が発現していることです。つまりアンギオテンシンⅡ受容体が球状層にくっついて、酵素反応が起きます。例えばCYP11B2遺伝子が発現しているところで、CYP17遺伝子は欠損しているため、下層には反応がいかなくなります。アンギオテンシンⅡ受容体が働くと、コレステロールがプレグネノロンに変換されます。プレグネノロンは本来下層にも働くのですが、CYP17遺伝子の酵素が欠損しているため右にしかいけません。青枠で囲まれた酵素が発現してるので、一部コルチゾールもできまが、腎臓でナトリウムの再吸収をするアルドステロンが生成されます。
4-2 束状層の場合
束状層は、副腎皮質刺激ホルモンの受容体があるためACTH(副腎皮質刺激ホルモン)に反応します。球状層とは違って、CYP17遺伝子が発現しているため二段目まではいけますが、17,20 lyaseの発現がないので三段目の性ホルモンには到達できず、コルチゾールが主な生成物になります。
4-3 網状層の場合
網状層の場合は、球状層とか束状層には存在しない17,20 lyaseが発現してるので、一番下層まで到達できます。それとは逆に、CYP21A2とCYP11βの酵素の発現がないため、右にはいけません。そのため網状層ではDHEAが生成されます。右下の四角内の赤がミトコンドリアで、緑が発現小胞体です。コレステロールがプレグネノロンに変換されるのは、細胞のミトコンドリアの中で行われます。小胞体ではタンパク質が生成されます。小胞体でこれらの酵素がつくられるかどうかはエピジェネティクスによって違います。つまり細胞や組織によって小胞体で生成される酵素が違うため反応が異なるということになります。
上の図のようにACTHやアンギオテンシンⅡなどの細胞外からの刺激によりミトコンドリアに指令があると、コレステロールが外膜から内膜に移動し、プレグネノロンに変換されます。プレグネノロンに変換されるとミトコンドリアの外に出て、小胞体の酵素によって形が変わっていきます。このプレグネノロンは小胞体で生産される臓器特異的(組織特異的)な酵素によって各ホルモンに代謝され、最終的に細胞外に分泌されます。それをまとめたのが下の図です。
球状層でコレステロールのプレグネノロンに変換されるのは、それぞれの副腎皮質細胞のミトコンドリアで起こります。そのミトコンドリアの中で、コレステロールがプレグネノロンに変換されて、プレグネノロンが組織特異性のある酵素で、アルドステロンやコルチゾール、DHEAに変換されます。つまり球状層のコレステロールは、アルドステロン専用、束状層のコレステロールは、コルチゾール専用、網状層のコレステロールはDHEA専用ということです。
「コルチゾール・スティール」というのは、コルチゾールが足りなくなるため他のDHEAをつくるための材料のコレステロールが全部奪われるということですが、球状層や束状層でコルチゾールを作るために、網状層のプレグネノロンやエストロゲンが奪われ、細胞壁を超えて移動するというエビデンスは今の所出ていません。
繰り返しますが、Wikipediaのコレステロール代謝マップは、各ステロイド産生組織間で異なる酵素活性度を示していないため、混乱しないようにしてください。
5 コルチゾールスティールは神話である
下記は、1996年出版のブラックウィル先生の「必須内分泌学」第三版に載っている図です。コルチゾール・スティールの説明のために少し修正されていますが、左下の丸から腎臓、肝臓、卵巣、精巣となります。General circulationとあり、全身の流れでこのようなことが起きているということが教科書に書いてあるので誤解を招きます。 PubMedでコルチゾール・スティールを調べてみると、たった10件しか検索結果が出てきません。コルチゾール・スティールがいかに一般医学会からは異端扱いされているかということが分かります。
この図を見ると、いかにも共通のコレステロールプールがプレグネノロンプールがあるように見えますが、タンパク質はローテーションしていても身体にアミノ酸プールがないように、全身のホルモンに共通したプレグネノロンプールは存在しません。
6 ではなぜ、コルチゾール↑DHEA↓が起こるのか?
コルチゾール・スティールが起こらないとしたら、副腎疲労の第一期では、何故下の図のようにコルチゾールが上昇し、DHEAが下降するのでしょうか。現在考えられているのは、ストレスによる刺激応答への低下や、コルチゾール上昇に伴う耐糖能障害です。
コルチゾールは血糖値を上げます。血糖値が上がると、DHEAは下がります。何故DHEAが下がるのかというと、コントロール不良2型糖尿病患者では、網状帯でもDHEA形成に必要な酵素である17,20リアーゼの活性が低下するからです。高血糖が一部の酵素活性を落とすということが明確になってきています。
もう一つDHEAのレベルを落とすのが、炎症です。炎症ストレス下では網状帯がDHEA産生をダウンレギュレーションします。その結果、コルチゾールが上昇して、DHEAが下降します。コルチゾールとDHEAの関係性は非常に大切で、コルチゾールはタンパクを異化するホルモンです。コルチゾール分泌が過多になると身体が分解していきますが、DHEAはその反対の働きをするアナボリック(タンパク同化)ホルモンなのです。コルチゾールが分泌されるとDHEAも同時に上がって、過剰なタンパクの異化を抑えるように身体の仕組みとしては働いているのですが、DHEAが急激に減少するということは、カタボリック(タンパク異化)が亢進するということなので、DHEAはとても大事になります。
7 コルチゾール・スティールがないと言えるもう一つの理由
そもそもコルチゾール・スティールが本当に存在するとしたら、朝コルチゾールが上昇するときに、エストロゲンの分泌が減るはずです。エストロゲンは日内変動はないのでここからもコルチゾール・スティールが当てはまらないと言うことが分かります。
エストラジオールとコルチゾールの血中濃度は、28.8~196.8pg/ml、コルチゾールは4.5万~21.1万pg/mlと、1000倍以上あることが分かりました。つまりコルチゾールは大量なので、エストラジオールが多少コルチゾールを盗んでも足しにはならないということが分かりました。
つまりコルチゾール・スティールは存在しませんが、エストロゲン過剰とコルチゾールの低下はそれぞれに対して個別に対処すべきというのが冒頭の質問の答えになります。
8 エストロゲン過剰への対処法
エストロゲン過剰に対しての対処法を知るのに参考になる本はプロゲステロンクリームを世に広めたジョン・リー先生の「医者も知らないホルモンバランス」という著書です。もうお亡くなりになられましたが、この本はとても有名で、今改訂版が出ているのでご興味ある方はぜひ読んでみてください。
「What your doctor may not tell you about」というシリーズで、「about Menopause」「about Psyroid」「about Oslo」などがあります。
「What your doctor may not tell you about」というシリーズで,日本語に訳されているのは3種類くらいですが、その中でもこれは良書です。この本には、プロゲステロンは大変万能な働きをしていて、その働きの一つには過剰なエストロゲンを抑えるとあります。だからエストロゲン過剰症候群が辛い人に、プロゲステロンクリームを使ったらいいのではないかと勧める本です。 ただなかにはプロゲステロンクリームの効果がない人もいます。そのような場合は、根本原因ピラミッドを遡って調べるのが良いと思います。根本原因ピラミッドの特に下の3つがとても重要です。ホルモン、消化器、デトックスです。
1.ホルモン
もしプロゲステロンクリームが効かない場合、まず最初に考えられるのは副腎疲労です。副腎ホルモンが、PMSや更年期症状などの女性ホルモン症状の主な原因となります。副腎ホルモンはホルモンヒエラルキーの一番下なので、女性ホルモンの問題を解決するためには、まず副腎をケアすることが鉄則です。
2. 消化器系
不安定な血糖値、炭水化物やお菓子の過剰摂取、消化機能の低下、食物過敏症はすべて、女性ホルモン問題の一因です。これらの原因により、血糖値が上下して腸の炎症が起きます。腸内細菌バランスもとても大切で、腸内細菌はエストロゲンを分泌しているので、腸内細菌バランスが崩れるとE1,E2,E3のバランスが崩れます。それがエストロゲン優勢症候群の原因とも言われています。
3. 解毒
副腎疲労も治したし、胃腸のケアもしているのにPMSが強い人は、デトックスをされてみてください。ピルの服用またはホルモン補充療法を受けた女性は、外部ソースからのホルモンを体が排除しようとする肝臓の解毒経路に余分な負担をかけます。エストロゲンは、肝臓でCOMTという酵素で代謝され、ビタミンB6がその補酵素となります。メチレーションが回っていない人や、ビタミンB6が不足している人は、エストロゲン過剰の症状が強く出ます。特にプロゲステロンクリームが効かない人、乳がん、子宮頸種、女性特有の問題を抱えている人が最初に取り組むべき栄養療法は、肝臓へのアプローチで女性ホルモンへの対処に大変重要です。
プロゲステロンの働き
- 妊娠の継続
- 脳機能を保つ(脳細胞中のPレベルは血中の20倍、GABA-R に結合)
- 体温を上昇させる
- 過剰なエストロゲンの働きを抑える
- 他のホルモンの前駆物質