1. HPA軸異常に共通してみられる所見
慢性疲労症候群(CFS / ME)、感染後疲労、長期ストレス後の不調を訴える患者では、以下のような所見が多く報告されている。
- ベースラインのコルチゾールがやや低い
- コルチゾールの日内変動が平坦化している
- ストレス負荷に対するACTH/コルチゾール反応が弱い
- 負のフィードバックが効きすぎている
これらの特徴は、近年の総説でも一貫して整理されている
(例:Frontiers in Endocrinology, 2024)。
重要なのは、これらが副腎皮質そのものの不可逆的な疲弊を示す所見ではないという点である。
「低コルチゾール=副腎疲労」という理解の限界
臨床現場では、
- 副腎が疲れてコルチゾールを出せなくなっている
- だから外から補えばよい
という説明が、今も使われることがある。
しかし研究データを整理すると、実際に起きているのは
副腎そのものの問題というより、
HPA軸全体の制御の仕方が変化している状態
と考えた方が自然である。
実際、
- 副腎予備能は保たれている症例が多い
- ACTH刺激試験では正常反応を示す例も少なくない
- それでも日常的なストレスには反応しにくい
というケースがしばしば観察される。
これは、中枢側のブレーキが強くなっていることを示唆している。
3. なぜ負のフィードバックが過敏になるのか
① 慢性炎症とグルココルチコイド受容体
炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-α、IL-1βなど)は、
- 急性期にはHPA軸を刺激し
- 慢性化するとブレーキを強める
という二面的な作用を持つ。
慢性の低度炎症が続くと、
少量のコルチゾールでCRHやACTHが強く抑制される状態
が固定化しやすくなる。
② 長期ストレスとアロスタティック負荷
長期にわたる心理的・身体的ストレス、睡眠障害、低血糖、感染後ストレスなどが続くと、HPA軸は
「コルチゾールを出し続けること自体が
生体にとって負担が大きい」
と学習する。
その結果、
- ベースラインは低め
- 反応は短時間
- フィードバックは過敏
という省エネ型のHPA軸制御が形成される。
これは異常というより、
過剰なストレス環境への適応と捉える方が理解しやすい。
③ 発達期ストレスの影響(全例ではない)
一部の症例では、幼少期の強いストレス体験により、
- 海馬や視床下部でのGR発現増加
- エピジェネティックな制御変化
が生じ、成人後もブレーキが強い設定のまま維持される可能性がある。
ただし、これはすべての症例に当てはまるわけではない。
4. 臨床でよくみられる症状との整合性
このようなHPA軸制御の変化は、以下の臨床像とよく一致する。
- 一時的には動けるが、反動が大きい
- 夜に覚醒しやすく、寝つきが悪い
- 朝の覚醒がつらい
- ストレス後に急激な疲労や低血糖様症状が出る
これは、
コルチゾールが出ないのではなく、出たあとに強く抑え込まれてしまう
ことで説明できる。
5. なぜ「副腎を刺激する治療」がうまくいかないのか
以下のような介入は、一時的に調子が上がっても、その後悪化する例が少なくない。
- 高用量のアダプトゲン
- DHEAなどのホルモン補充
- 強い運動負荷
- 断食や過度な糖質制限
これらはHPA軸にとって、
「やはりコルチゾールを出すと危険だった」
という学習を強め、
ブレーキをさらに強化してしまう可能性がある。
6. 治療の考え方:HPA軸を“戻す”とは何か
HPA軸への介入は、
ホルモン量を無理に操作することではなく、
制御の仕方を少しずつ元に戻すこと
と考える方が現実的である。
そのために重要なのは、以下の4点である。
① 低血糖を起こさせない
低血糖はHPA軸にとって最も強い緊急刺激であり、
再学習を妨げる。
→ 食事間隔や夜間の血糖安定が重要
② 炎症負荷を下げる
慢性炎症はブレーキ過敏を固定化する。
→ 腸管、感染、睡眠不足などの評価と調整
③ 睡眠による日内リズムの再構築
夜間にしっかり抑制されることで、
朝に反応できる余地が生まれる。
→ まず夜を整える
④ 安全なストレス体験を積む
完全に避けるのではなく、
「反応しても大きく崩れなかった」
という経験を積み重ねることが重要。
7. サプリメントの位置づけ
サプリメントは
HPA軸を刺激するものではなく、環境を整える補助として使う。
- マグネシウム、テアニン、グリシン:神経過緊張の緩和
- EPA/DHA、低用量クルクミン:炎症負荷の低減
- ビタミンB群:合成の材料不足を防ぐ
- 低用量アシュワガンダ:過敏なブレーキの緩和
※ DHEAや刺激系サプリは慎重に扱う。
8. おわりに
慢性疲労や不眠を伴うHPA軸異常は、
- 副腎の故障ではなく
- 心理的な問題だけでもなく
長期ストレスへの中枢適応の結果と考えると、多くの症状が説明できる。
治療とは、
HPA軸に
「反応しても大丈夫だった」
という経験を、
もう一度積み直すプロセス
である。
