栄養療法を学ぶ目的は人それぞれですが、薬に頼る治療方法に限界を感じてこのサイトにたどり着いた方もたくさんいらっしゃると思います。では、そもそも栄養療法の何が優れているのでしょうか?
この内容を一言で表すと、「根本原因に対する個別化栄養療法」と言えます。様々な検査や病態から個々人の根本原因を見つけ出し、一つ一つに対処していく治療方法です。様々な検査手法が確立し遺伝子解析が進む中、個別化栄養療法は今後ますます重要視されるようになるでしょう。
1. 個別化栄養療法とは何か
1-1. 効かないサプリメントは論外
2019年に国民生活センターが各社のサプリメントを一斉にテストしたところ、4割以上が規定時間内に溶けないことが明らかとなり、メディアで話題になりました。溶けないということは、体内をスルーして便で排出され、全く効果がないということです。実践講座ではサプリメントが効かない理由を探っていきますが、このような粗悪なサプリメントは論外です。本来「効く」はずのサプリメントがなぜ自分の体には「効かない」のか、それを考えるのが本講座の目的です。
1-2. 栄養療法との出会い
私が栄養療法を始めたのは、サプリメント会社が設立したクリニックの院長に就任したことがきっかけでした。当初は血液検査などをもとに、ミトコンドリア機能と低血糖症へのアプローチをメインに行っていました。
例えば、GOT(AST)とGPT(ALT)の関係を紐解くと、ミトコンドリア機能の状態がわかります。
- GOT≒GPT: 正常
- GOT>GPT(差が2以上): ビタミンB群代謝不足
- GOT>40: 心不全、筋肉障害
- GOT<GPT: 脂肪肝、ウイルス性肝炎
- GOT↑・GPT↑:ビタミンB群消費↑
⇨ ②+④の状態の時、一見①に見えることもある
⇨ GOT、GPTは↑でも↓でも補給を考える
低血糖の診断には5時間糖負荷試験が用いられます。当時、500人以上の患者さんに糖負荷試験を行いましたが、ほとんどの人が3~5時間で低血糖を起こしていました。この症例はうつ病の患者さんで、30分後に146mg/dLまで上がった後、240分後には52mg/dLまで下がっています。
低血糖症は血糖値の急激な上昇のリバウンドで起こることから、当時の患者さんには糖質制限を勧めました。しかしながら、ことごとく失敗に終わってしまいました。低血糖の陰には副腎疲労が隠れていることが多く、糖質制限によりかえって症状を悪化させてしまっていたのです。
1-3. リオルダンアプローチから学ぶこと
そんな時、研修で訪れたのが米国リオルダンクリニックでした。建物がドームの集合体になっており、ドーム1つ1つが研究所やクリニックになっています。そこで教わったのが、創設者であるヒュー・リオルダン博士が提唱した「リオルダンアプローチ」でした。
リオルダンアプローチ 7つの要素
☑️ Staff/Co-learner Relationships
☑️ Identify The Causes
☑️ Characterize Biochemical Individuality
☑️ Care for the Whole Person
☑️ Food As Medicine
☑️ Cultivate Healthy Reserve
☑️ Healing Power of Nature
1つ目に「Staff/Co-learner Relationships」とあります。リオルダン博士は、「患者」と呼ばずに「Co-learner(共に学ぶ人)」という表現を使っていました。クリニックにはオーガニックレストランやセミナー施設が併設されており、畑で採れたオーガニック野菜を使ったランチを食べながら、ランチョンセミナーも開催できます。スタッフとCo-learnerとの関係性を築くために、様々な工夫が施されていました。
2つ目にある「Identify The Causes」ですが、頭文字を取って病気や病態の原因を次のようにまとめることができます。
- Infection(感染):ウイルス、細菌、真菌の増殖
- Digestion(消化):消化不良、胃酸分泌不良、消化酵素分泌不全
- Emotion(感情):非常に問題で、疾患を悪化させる
- Nutrients(栄養):栄養不良、吸収不良、代謝的なブロック
- Toxins(毒):鉛、水銀などの重金属、残留農薬、除草剤など
- Inflammation(炎症):「○○炎」を引き起こす慢性的な引き金、食習慣
- Foods(食事):臓器のダメージ、食物依存症を引き起こす
- You(あなた自身):あなたの決断、思い込み、思考の方向性
- Thyroid dysfunction(甲状腺機能障害):特に検査でわからない甲状腺機能異常
- Hypoglycemia(低血糖症):炭水化物、糖質、インスリン、副腎と関わる
- Endocrine disorders(ホルモン異常):加齢、機能不全を引き起こす
- Candida overgrowth(カンジダ過剰増殖):過剰な抗生剤、ステロイド、砂糖、ストレス
- Adrenal Fatigue(副腎疲労):低血糖、病気や人生への負担などが原因
- Under activity(運動不足):自分の能力を十分に鍛えないこと
- Stress or spiritual crisis(ストレス、精神的な危機):不必要な活動でいっぱいになってしまうこと
- Environmental(環境):満たされない、機能しない、むしろ害になっている
- Structural(構造):心と体の不一致
これはまさに、いま行っている栄養療法そのものです。この学びをもとに、腸内環境や解毒、炎症、甲状腺ホルモンに関する検査を導入しました。また、この時初めて副腎疲労の存在を知り、クリニックに持ち帰って治療に取り入れたところ、とてもいい効果が得られました。そんな経緯で副腎疲労に特化した外来を始めました。
1-4. メチレーションと脳機能
その他に影響を受けたのが、メチレーションの権威であるベン・リンチ博士とウィリアム・ウォルシュ博士との出会いです。2016年にはウィリアム・ウォルシュ博士に来て頂き、メチレーションのセミナーを開催しました。メチレーションは脳機能に影響します。脳機能のアンバランスは個別化分類できて、それに応じた栄養素を投与すればよいということが理解でき、治療に取り入れました。
1-5. 根本原因は共通している
宮澤医院に来院する患者さんは、リウマチや橋本病、うつ病、集中力の低下、慢性疲労など、疾患名は様々です。しかし、治療方法としては、腸、炎症、重金属・カビ毒、副腎疲労・低血糖、ミトコンドリア、脳機能、これら6つの根本原因があるかどうかを確認し、それを順番に対処していくと改善していくのです。
疾患名 | 腸内環境 | 炎症 | 重金属 カビ毒 | 副腎疲労 低血糖 | ミトコンドリア | 脳機能 |
---|---|---|---|---|---|---|
リウマチ | ◯ | ◯ | ◯ | |||
慢性疲労 | ◯ | ◯ | ◯ | |||
橋本病 | ◯ | ◯ | ||||
集中力低下 | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | |
うつ | ◯ | ◯ |
1-6. 根本治療ピラミッド
私の経験をもとに作ったのが根本治療ピラミッドです。個別化栄養療法は、6つの根本原因の有無を確認し、それに応じて治療を進めていきます。このピラミッドが私のひとりよがりなものではないという証拠に、他の統合医療学会も同じような治療方針を掲げています。
例えば、米国の統合医療学会で今1番勢いのある機能性医療学会、Functional Medicineのトップページには、「機能医学は、各個人の病気の根本原因に対処することにより、病気が発生する方法と理由を判断し、健康を回復します」と書かれています。認定医になるためには、基本的なコースの他に、エネルギー(ミトコンドリア)、消化管、ホルモン、解毒などのコースが用意されています。
他にも、統合医療のWebセミナーを開催しているIntegrative Medicine Academyのオンラインプログラムは、副腎、甲状腺、血液化学を含む臨床検査、有機酸検査と代謝評価、栄養とサプリメントなどがカバーされており、解毒、ミトコンドリア機能、重金属、カビ毒などについても学ぶことができます。
また、先日参加した個別化ライフスタイル医療学会では、網膜疾患の根本原因についての発表があり、次のような項目が挙げられていました。
網膜疾患の根本原因
炎症
酸化ストレス
インスリンシグナル経路の調整不全
オートファジーの不活性化
免疫不全
ミトコンドリア機能低下
タンパク質異化亢進
視細胞、網膜組織の壊死、機能障害
免疫不全は、感染、炎症、毒素による免疫の誤作動によるものです。インスリンシグナル経路の調整不全も炎症から来ています。
アルツハイマー病も同じことが言えます。『アルツハイマー病 真実と終焉』(デール・プレデセン著)には、アルツハイマーは単一型の疾患ではなく、大きく3つの型に分類される病気であると書かれています。その3つの型が、炎症、栄養・ホルモン不足、毒素です。
このように、病名や病態は様々でも、根本原因は共通しているのです。もう一つ重要なことは、根本原因は遺伝や環境的影響によって疾患の要因となりやすい箇所にあるということです。
2. 遺伝子情報の重要性
2-1. 栄養療法と遺伝子解析
今後の栄養療法は遺伝子情報を元にしたアプローチが主流になるでしょう。特に、遺伝子解析先進国のアメリカではすごい勢いで研究が進んでいます。私が23andMeで遺伝子検査を受けてから5年以上経っていますが、得られる情報がどんどんアップデートされています。
2-2. 遺伝子解析の課題
万能に見える遺伝子解析にも大きな課題があります。それは、膨大な情報を網羅的に解析して判断する必要があることです。グルタミン→グルタミン酸→GABAの代謝を例に挙げると、グルタミン酸がGABAに代謝されにくい人は、グルタミン酸脱水素酵素(GAD)のSNP(スニップ:DNAの塩基配列における1塩基の違い)を調べれば根本原因を突き止めることができるかもしれません。しかし、GADにはGAD1とGAD2があり、そのSNPは少なくともGAD1で10個、GAD2で12個存在します。22個全てのSNPを網羅的に解析するのはとても複雑な作業です。
アメリカの多くのベンチャー企業が遺伝子解析に参入し、複雑な計算からリスクを算出しサービスとして提供しています。私の23andMeの生データを別のサービスで解析したところ、アルコールとニコチンはD-、つまり酒とタバコに溺れやすいという体質ということがわかりました。他にも様々な因子を解析してくれます。
こうしたサービスはインターネットとの相性がいいので、破竹の勢いで伸びています。まだ完全には「あなたはこういう体質です」と言えるところまで来ていませんが、そう遠くない将来にはより精度の高い解析が可能になるでしょう。
2-3. MTHFRは稀なケース
今お話ししたように、一般的にはSNPは多くの箇所の網羅的な解析が必要ですが、MTHFR(メチレンテトラヒドロ葉酸還元型酵素)は、たった2つの遺伝子変異で酵素活性が決まる極めて稀な酵素です。1箇所にSNPがあると70%、2箇所にSNPがあると20%まで活性が落ちてしまいます。結果がクリアに出るので、MTHFRの遺伝子解析はとてもポピュラーなものになりました。このように、自己評価できる遺伝子のSNP情報は大いに活用できると思います。
2-4. デトックスプロファイル
これはGenovaDiagnostics社のデトックスプロファイルです。デトックスに関連する特定の酵素は、遺伝子の影響を強く受けるため、遺伝子検査がよく使われます。
解毒のフェーズは、フェーズ1(活性化)とフェーズ2(抱合)に分かれています。フェーズ1はCYP(シップ)という酵素が関係しており、CPY1A2にSNPがある場合はカフェインに弱いことを示します。コーヒーを飲むと心臓がドキドキしてしまう人ですね。この検査をすれば、カフェインやタバコ、特定の薬などの影響が全てわかります。
上の結果はグルタチオンの抱合に関わるグルタチオンSトランスフェラーゼのSNPなどを見ています。
3. なぜ薬ではなく栄養が重要なのか
3-1. 遺伝子型から表現型へ
2019年9月のサイエンス誌で、『Genotype to Phenotype(遺伝子型から表現型へ)』というトピックが特集されました。
「表現型」とは見た目や行動特性のことで、遺伝子をもとにタンパク質がどう発現したかによって結果が異なってきます。特に「形態」は遺伝子の影響を強く受けますが、同一の遺伝子型でさえも表現型は微妙に異なります。一卵性双生児はそっくりですが、親が見ればすぐに判別できますよね。また、一卵性双生児の片方が統合失調症になった場合、もう片方が発症する確率は50%しかありません。つまり、遺伝子型が全てではないということです。では、遺伝子型を理想的な表現型にするためにはどうすれば良いのでしょうか。
3-2. 遺伝的弱点は栄養によって補完できる
こうした研究はもう何十年も前から続いており、その間に様々なことがわかってきました。「人は栄養に支配されており、特に重要なのは食事である」ということも明らかになっています。食べ物が表現型の決定に大きな影響を及ぼしているということです。遺伝子発現を制御・伝達するシステムとその学術分野をエピジェネティクスと言います。そして、最大のエピジェネティクス要因は栄養です。だからこそ、薬ではなく個別化栄養療法が重要なのです。
☑️ 人は栄養に支配されている
☑️ 栄養の必要性は遺伝子によって決まる
☑️ 食物は表現型を決める栄養の代表的存在
Vol 365, Issue 6460, 27 September 2019
https://doi.org/10.1126/science.aax3710
例を挙げると、女王蜂と働き蜂は全く同じ遺伝子型を持っていますが、大きさも寿命も異なります。女王蜂はローヤルゼリー食べて寿命が3年。働き蜂は花粉を食べて寿命が1ヶ月です。食べ物で表現型が大きく変わるということをよく表しています。
これも有名な実験です。同じ親から生まれた同一の遺伝子を持つ糖尿病のモデルマウスの実験で、通常の食事を与えると、肥満遺伝子が発現して糖尿病になります。一方、メチル化を促す食事を与えると、メチレーションが働いて遺伝子の発現を抑え、肥満遺伝子が発現しないのです。
これらの研究結果は、遺伝的な弱点は栄養によって補完できるということを示しています。
4. 個別化栄養療法のすすめ
4-1. 検査の使い分け
脳機能に関しては、メチレーションの遺伝子検査がある程度役立ちます。しかし、メチレーション検査が網羅的ではないため、遺伝子検査の結果とその時の脳の状態が必ずしも一致しないケースも多く見られます。
遺伝子の影響が強い箇所は、遺伝子型と根本原因がリンクしやすいので、遺伝子検査で判断しても良いでしょう。そうでない場合、つまり、環境要因が強かったり、多くの遺伝子が影響する場合は、症状や他の検査結果から判断することになります。このように、検査を選択しながら自分の根本原因がどこにあるかを絞って治療を進めてほしいと思います。
4-2. 個別化栄養療法がうまくいっていない方へ
個別化栄養療法がうまくいっていない方は、「Identify The Causes」の色がついているところをもう一度確認してください。
- Infection(感染):ウイルス、細菌、真菌の増殖
- Digestion(消化):消化不良、胃酸分泌不良、消化酵素分泌不全
- Emotion(感情):非常に問題で、疾患を悪化させる
- Nutrients(栄養):栄養不良、吸収不良、代謝的なブロック
- Toxins(毒):鉛、水銀などの重金属、残留農薬、除草剤など
- Inflammation(炎症):「○○炎」を引き起こす慢性的な引き金、食習慣
- Foods(食事):臓器のダメージ、食物依存症を引き起こす
- You(あなた自身):あなたの決断、思い込み、思考の方向性
- Thyroid dysfunction(甲状腺機能障害):特に検査でわからない甲状腺機能異常
- Hypoglycemia(低血糖症):炭水化物、糖質、インスリン、副腎と関わる
- Endocrine disorders(ホルモン異常):加齢、機能不全を引き起こす
- Candida overgrowth(カンジダ過剰増殖):過剰な抗生剤、ステロイド、砂糖、ストレス
- Adrenal Fatigue(副腎疲労):低血糖、病気や人生への負担などが原因
- Under activity(運動不足):自分の能力を十分に鍛えないこと
- Stress or spiritual crisis(ストレス、精神的な危機):不必要な活動でいっぱいになってしまうこと
- Environmental(環境):満たされない、機能しない、むしろ害になっている
- Structural(構造):心と体の不一致
私が初めてこのリストを目にした時は、何のことだかさっぱりわからなかったのですが、長年栄養療法に携わり、今はこの意味がよくわかります。心と体の不一致、思い込み、偏った考えや思考性、トラウマ、こうした問題を抱えている人は、それが治療の足かせになっている可能性があります。
4-3. 個別化栄養療法チェック
個別化栄養療法について、どこまで理解が深まっているか確認してみましょう。
Q1. あなたの根本原因は何ですか?
Q2. 腸内環境をどうやって判断していますか?
Q3. 重金属や毒素は溜まっていますか?
Q4. 体内の隠れた炎症が起きそうな場所をチェックしていますか?
Q5. 足りない栄養素は?
Q6. メチレーション状態は?
Q7. 副腎、甲状腺、その他のホルモンバランスは正常ですか?
(答えられれば1点、答えられなければ0点)
6-7点:適切な検査と問診を組み合わせることで根本原因は見つけられます。
3-6点:把握できていない根本原因をもう一度考えてみてください
2点以下:根拠もなく言われるがままにサプリを摂っていませんか?
4-4. 最低限受けるべき検査
根本原因に対する個別化アプローチのために最低限受けて欲しい検査は、「血液検査」「有機酸検査」「毛髪検査」この3つです。もう一つ付け加えるなら、便中カルプロテクチン検査です。これらの結果から根本原因を割り出すことが可能です。もし症状があれば、耳鼻科受診や歯科受診も検討してみてください。
4-5. 個別化医療市場の展望
メタジェニックス社によれば、世界の個別化医療市場は、2025年には倍近くになると予測されています。特に大きな部分を占めるのは、個別に診断する能力です。様々な検査手法が確立し、遺伝子解析によるリスク計算がより確実なものになれば、個別化栄養療法は今以上に重要視されてメジャーになってくるでしょう。
5. 最後に
臨床分子栄養医学研究会は、根本原因に対する個別化栄養療法を推奨しています。根本原因が見つけられていない人のために、実践講座を開催しています。個別化診療が主流になる新しい時代に向けて、ともに学んでいきましょう。