15年前に低血糖症と診断した患者さんに糖質制限を指導して、症状が悪化してしまった時の事を今でも昨日のように覚えています。糖質制限は自律神経を整え、ケトン体生成を可能にしてくれる素晴らしい治療ですが、適応になる人とならない人が存在します。糖質制限今日は分子栄養学とは何なのか、また分子栄養学実践講座はどのような内容なのかを、糖質制限の観点からご説明します。まずは一番良く聞かれるご質問「普通の栄養学」と「分子栄養学」は何が違うのかから説明していきましょう。
1.普通の栄養学と「分子栄養学」は何が違うのか
分子栄養学という言葉をご存知ない方はいらっしゃらないと思いますが、分子栄養学とは何かと改めて聞かれるとなかなか説明しづらいですよね。
僕もいつもどのように説明しようか考えていますが、分子生物学を知らないと説明が難しいと思います。分子生物学と分子栄養学は一体どのような違いがあるのでしょうか。
1-1.親子の見た目が似ている理由
- 黄色と緑のエンドウマメをかけ合わせると全て緑のエンドウマメになる
- 黄色のエンドウマメ同士をかけ合わせると75%が黄色、25%が緑のエンドウマメになる
これをメンデルの法則と言います。このように、実際の現象から何らかの法則を発見して、そこから法則性を探っていくのが従来の生物学です。
この生物学の考え方を根底から覆したのがジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックです。1953年、彼らはDNAの二重らせん構造を発見しました。人間は細胞からできていて、細胞の中には核があり、核の中にはDNAがあり、DNAはタンパク質の設計図になっています。そしてDNAは両親から片方ずつ受け継いでいきます。DNAを受け継いで、そのDNAからタンパク質ができていて、そのタンパク質から人間ができているから親子は似ているのです。
生物学
子は親に似る(経験から法則性を探っていく)
⇒ DNAの二重らせん構造の発見 ⇒
分子生物学
遺伝子が受け継がれるため、そこから作られるたんぱく質の立体構造が似る
(法則を分子レベルで科学的に説明できる)
1-2. 壊血病と脚気は経験則から治療が発見された
航海中の船は食物の供給がままならないため、栄養不足になりやすい場所です。
1600年代の大航海時代には、長期間航海を行う船員の半分の人が壊血病で亡くなりました。ジェームス・リンド医師が船にビタミンCを含むライムを積んだことでこの問題は解消しました。
1920年ごろの日本の海軍は脚気に悩まされていました。発症率は20%以上、5人に1人がかかっていました。当時は原因がはっきり分からず、軍医の高木先生が食事に問題があると言って、欧米にならい麦飯と肉などタンパク質を導入したら、2年で発症率が23%から1%以下に激減しました。当時ははっきり原因は分かりませんでしたが、経験的に良いだろうと積み重ねたのが従来の生物学です。それからビタミンB1が発見されて、ミトコンドリアの機能が生科学的に説明できるようになりました。
経験から法則を探るのが従来の栄養学、生化学的な理論で突き詰めるのが分子栄養学です。これで説明になっているでしょうか?
栄養学
大日本帝国海軍で軍医の高木兼寛が麦飯を導入したところ、脚気の発症率が2年で23.1%から 1%未満に激減した(経験則による)
分子栄養学
脚気はビタミンB1を補酵素とするPDHの機能低下による
ミトコンドリア病(疾患を分子レベルで科学的に説明できる)
1-3. 脚気の生化学的原因
脚気とは、ビタミンB1を補酵素とするピルビン酸デヒドロゲナーゼの機能低下だと説明することができます。このように、分子栄養学は分子レベルの科学的な説明ができることが大きな違いです。
根本原因が分かるので疾患の原因をピンポイントで特定できます。つまり、細胞やミトコンドリア、分子などに着目すると、目に見えない病気の原因を突き止めることができるようになります。
これはジェノバダイアグノスティックス社の検査です。
炭水化物、脂肪、タンパク質などそれぞれの栄養素がTCA回路というエネルギー回路のミトコンドリアの中に入って燃えていく図を表しています。
炭水化物が分解されてブドウ糖から出来るのがピルビン酸です。ピルビン酸はアセチルCoAになってミトコンドリアの中に入っていきます。もし検査データで、ピルビン酸や乳酸が多くてクエン酸が少なく出れば、ピルビン酸をアセチルCoAやクエン酸に変換する経路が働いていないということが分かります。重要な段階である律速段階でピルビン酸デヒドロゲナーゼが働くためにビタミンB1が重要なので、これが不足しているということがピンポイントで推測できます。
分子栄養学的に見れば、脚気とはミトコンドリア機能障害です。ミトコンドリアが障害されるので、ミトコンドリアをたくさん含む心臓の働きが低下して心不全を起こしたりします。脚気を症状から診断するのは難しいですが、生体内物質の量や、変換に必要な酵素の活性を測定できれば、原因の特定は難しくありません。
1-4. 必要な栄養は人によって異なる
クエン酸回路の図は、首都高の渋滞マップのようです。新宿からディズニーランドに行く時に箱崎を通って行くこともできるし、箱崎が渋滞していたらレインボーブリッジを渡って行くこともできます。レインボーブリッジが封鎖されていたら箱崎は少し混んでいたとしてもそこを通らざるを得ません。中にはどちらも渋滞している人もいます。このように、体内の代謝状態は人によって大きく異なり、これを個体差と呼んでいます。
言い換えれば、個体差とは体内における酵素と基質の反応力です。これは鍵と鍵穴の関係に例えられます。鍵穴の形をした酵素の設計図はDNAです。DNAは一人一人違うために鍵穴の形も人によって異なります。鍵穴の形が変形してる人は、潤滑油の補酵素を使わないと鍵がスムーズに入りません。
このように人によって必要な栄養素が異なることを知り、実際の個人データを測り、分子栄養学をベースにした個別化栄養療法の勉強会を行っているのが分子栄養学実践講座です。
2. 糖質制限を考慮してもよい人
今日はこの見解をベースに、糖質制限について考えてみたいと思います。「先生は糖質制限推進派ですか?そうではない派ですか?」とよく聞かれますが、そのどちらでもなく、「人によって変える派」です。
一般的に糖質制限を考慮しても良い人とは、食事療法の選択肢として考える糖尿病の患者です。アメリカの糖尿病学会は、2013年に糖質制限を食事療法の選択肢の一つとして認めるとアナウンスをしました。もっとも100%糖質制限だけが良いというわけではなく、カロリー制限も地中海食も選択肢として良いのですが、人によっては糖質制限も合うだろうというコメントをしています。
特に糖質制限に適しているのは、インスリンが効きにくい人です。インスリンが効きにくいためにインスリンが沢山出て、脂肪細胞がどんどん大きくなってしまうことを「インスリン抵抗性がある」といいます。糖質制限はインスリン抵抗性を下げるのに有効だという報告も多々あり、特に減量時に有効です。
薬がなかなか効かない難治性のてんかんの選択肢として、ケトン体が出る糖質制限も良いでしょう。
また、がんは種類によってエネルギーが糖質依存になります。そのためがんの成長期に糖質制限をするのは人によったら良いかもしれません。
糖質制限して良い人
・糖尿病の食事指導の選択肢の一つ
・インスリン抵抗性の患者が減量する場合
・難治性てんかん
・がん患者
2-1. ケトン食療法の適応となるてんかん
- 2剤以上の抗てんかん薬を十分な量、十分な期間使用しても効果が不十分な難治性てんかん患者
- ただし、West症候群などのてんかん性脳症などでは早めに検討して良い
- てんかん外科の適応のある患者さんでは外科手術が優先される
2剤以上の抗てんかん薬を入れても効果がない人は、てんかん食を試したら良いでしょう。日本ではまだ完全に認知されてませんが、アメリカや韓国では標準の治療の中に組み込まれています。
ケトン体は脂肪酸と比べて分子量が小さいため、脳血液関門(B.B.B)を通過して脳のエネルギー源となり得ます。また、ケトン体には抗酸化作用もあります。
2-2. 糖尿病の食事療法についての議論
・2008年 DIRECT 研究(2+4年)
低脂肪食に比較して地中海食と低炭水化物食では減量効果が優っており、
両群では血中脂質やインスリン抵抗性が改善。
・2013年 米国糖尿病学会のstatement
肥満者の減量を図るためには、低炭水化物食、低脂肪食あるいは地中海食は、短期間(2年間まで)では有効であるかもしれない(ガイドラインの変更)
・日本糖尿病学会の提言 2013年
「総エネルギー摂取量は過剰でも、炭水化物さえ制限すれば減量効果がある」という解釈は短絡的。炭水化物を制限することによって起きる、たんぱく質あるいは脂質摂取増加の影響が調整されていない。
糖質制限が糖尿病の治療として認められるようになったのは、2008年のDIRECT研究がきっかけです。それまでも糖質制限が良いとは言われていましたが、第一級のエビデンスレベルのある論文がありませんでした。医学の世界では、このように論文が出ると急に見方が変わることがよくあります。低炭水化物食と地中海食では減量効果が勝っており、脂質やインスリン抵抗性が改善したので、選択肢の一つになりました。ただこれには個体差があります。
2-3. 脳腫瘍に対する糖質制限
癌に関しては、多くの悪性細胞はミトコンドリア機能が障害されてしまうため、糖質を代謝するようになります。ブドウ糖はインスリンレベルを高くしますが、このインスリン様成長因子も高くします。インスリンには細胞増殖作用があるため、ガンが進行するという理屈です。癌患者はみんな糖質制限した方が良いだろうと思いきや、効かない人もいます。
神経膠芽腫に対するケトジェニックダイエットを用いた治験
Pilot Feasibility Stud. 2017 Nov 28;3:67.
Ketogenic diets as an adjuvant therapy in glioblastoma (the KEATING trial): study protocol for a randomised pilot study.
神経膠腫にケトジェニックダイエットが有効
Cancer Metab. 2015; 3: 3.
Published online 2015 Mar 25. doi: 10.1186/s40170-015-0129-1
神経膠芽腫は脳の悪性腫瘍の中で一番悪性で、平均寿命が1年ぐらいです。放射線治療にも手術にもなかなか反応しないので難渋しますが、この神経膠芽腫には特別に糖質制限が効くという報告が出始めていて、二重盲検試験のトライアルがされている最中です。こういう極端な場合は糖質制限していいかどうかわかりやすいのですが、神経膠芽腫じゃない場合、髄膜腫の場合、膵臓癌、白血病の場合は糖質制限が良いのか悪いのかは分かりません。実際に糖質制限をしてみても良いですが、がん幹細胞検査がお勧めです。
2-4. がん幹細胞検査
がん幹細胞検査とは、採血するだけでがんの性質が分かる検査です。がんは直径2mmになると血中に一部分出ているため、その一部分を採血で末梢から取ることによって、そのがんを様々な物質にさらして感受性を見たり、遺伝子レベルを検索したりして見ます。この検査をして、インスリン様成長因子の受容体であるIGFR1の数字が30%あると陽性です。この数値が陽性の人は放射線や化学療法が効きにくいので、この数値が上がっていたらがんのベースにある炎症を抑えるような治療した方が良いでしょう。
そして、成長にエネルギーを使う、特に砂糖で成長するという特徴があるので、僕ならがんになったらこれを調べて、この数字が高ければ糖質制限をします。個体差があるので、抗がん作用があると言われているビタミンCの点滴が効くかどうかもこの検査でわかります。
3. 糖質制限をしてはダメな人
糖質制限の最初の提唱者である江部先生によると、糖質制限をしてはいけない人とは、腎不全、膵炎、肝硬変、長鎖脂肪酸の代謝異常がある人です。この人たちは、糖質以外の栄養の摂取、吸収、代謝に問題があります。糖質制限では、主に脂質をエネルギーとして使わなければいけないため、その経路に問題があったらできません。
このリスト以外にも糖質制限をしてはいけない代表的な疾患があります。それは副腎疲労です。副腎疲労も立派な糖代謝異常です。僕が糖質制限を勧めて悪化した患者さんは、ステージ3の副腎疲労だったのです。
糖質制限してはダメな人
・腎不全
・活動性膵炎
・非代償期の肝硬変
・長鎖脂肪酸代謝異常
・副腎疲労
3-1. 35歳男性 副腎疲労
- うつ病にて投薬治療中。再発を何度も繰り返す。
- 倦怠感、疲れやすい、頭重感、夜中に数回目が覚める、不安感。
- 低血糖症という言葉を知り、糖質制限を始めました。
- 起床時に憂うつ、不安、恐怖感があり、なかなか起きられない。睡眠が浅い、頭がぼーっとして、頭と体が重たい、疲労感、イライラ
上記は35歳の男性の問診ですが、夜中に数回目が覚めているという症状から、低血糖を起こしていることが分かります。血糖値を保てなくなり、自律神経が緊張しています。糖質制限を始めたところ、症状は悪化したそうです。
副腎疲労の原因は、長年のストレスです。長年のストレスが脳に効き、脳から出る副腎刺激ホルモンが出て抗ストレスホルモンが出ていますが、副腎が疲れてくると、この抗ストレスホルモンであるコルチゾールが5年、10年単位で出なくなってきます。
3-1. 人は糖新生で血糖値を保っている
人は糖新生で血糖値を保っているため、食事をしたら血糖値は上がりますが、せいぜい保つのは2時間です。残りは貯蔵型の糖であるグリコーゲンで、血糖値を保っています。肝臓に12時間ぐらい蓄えていますが、そもそも糖質を食べなければグリコーゲンの蓄積がありません。ではどのように糖質を保つかというと、糖新生です。
肝硬変は、肝臓の機能が落ちているため、糖新生の力が弱いということで問題があります。肝硬変になったらもちろんグリコーゲン貯蔵量も減ります。肝臓の機能が働いていない人に糖質制限は合いません。糖新生を促すためのコルチゾールが出ない疾患である副腎疲労の人にも糖質制限は、難しいです。
食事中のブドウ糖 2時間
グリコーゲン 12時間
両者を使い果たしたら、糖新生(体のアミノ酸を分解してブドウ糖を作る)
①肝硬変 ②副腎疲労
糖新生というのは身体のアミノ酸を分解してブドウ糖を作ることです。この糖新生ができない人は糖質制限NGとなります。
3-3. アラニン回路が働かない人は糖質制限をしてはいけない
これはリブレという簡易血糖測定器です。いつでも血糖値を測れて便利なので、副腎疲労の患者さんにトライアルをしています。
今の僕の血糖値は112ですが、食事をすると上がったり下がったり、リアルタイムで見れるので便利です。正確には血糖値とは違いますが、血糖値のトレンドを追うのにはとても適してます。
これは僕の2月3日の土曜日の0時から24時までの血糖値です。
金曜日に多少お酒をたしなむ機会があり、あまり食事をしませんでした。食事をしないとグリコーゲンの蓄積がないため、低血糖になりやすくなります。しかも、お酒が入ると糖新生の仕組みがうまく働かないため、夜中に低血糖を起こします。糖尿病患者にもよくあることですが、副腎疲労の人はお酒を飲むのはよくないということわかります。
副腎疲労は、唾液中のコルチゾールで測れます。
朝、昼、夕方、夜に唾液中のコルチゾールを測りますが、この方の場合は完全にコルチゾール分泌が枯渇していました。夜中も血糖値がなかなか保ちにくい状態です。
血液検査を見ると、好中球が63.5%で自律神経の過緊張をあらわしています。夜中に低血糖を起こし、副腎がアドレナリンを分泌して血糖を保つので、副腎がアドレナリンを常に分泌させらて、副腎に24時間負担がかかります。
筋肉にはアラニンというアミノ酸があり、アラニン経路でグルコースを作ってくれる経路があるため、筋肉が沢山あれば肝臓のカバーはしてくれます。
この経路はとても重要な経路ですが、アラニンとピルビン酸の切り替えがうまくいかないときちんと働きません。アラニンとピルビン酸の切り替えをうまくしている酵素とは、みなさんご存知のALTという酵素です。
ピルビン酸がアラニンになる時に、このアミノ基が転移します。
グルタミン酸のアミノ基が転移するため、アミノ基転移酵素といいます。このアミノ基転移酵素の補酵素はビタミンB6です。ビタミンB6が不足していると、GOTとGPTの差が激しくなりますが、そういった人は糖質制限をしてもうまくいかないでしょう。
3-4. 長鎖脂肪酸代謝異常症
「このカルニチンサプリを摂ってから身体が軽くなった気がする」「そうなの、じゃあ私もやってみようかな。」これが従来の経験に基づく栄養学です。
それに比べて「このカルニチン摂ってから身体が軽くなったような気がする。有機酸検査でアジピン酸とスベリン酸が低下したし基礎代謝も5%上がったし。」
「え、そうなの?じゃあ私も有機酸検査と基礎代謝測って脂肪酸代謝経路に異常がないか見てみようかな。」これが分子栄養学です。
長鎖脂肪酸代謝異常症は、平成22年度に厚労省の指定難治性疾患に指定されています。
一般検査の異常所見
1)代謝性アシドーシス、2)高アンモニア血症、3)CPK、AST、ALTの高値
日本において毎年10人〜50人の新患が発生と言われていますが、脂肪酸代謝異常の人を何人も見ているのでそんなに少ないわけはないと思います。
この長鎖脂肪酸代謝異常症の人は、本当に極端な異常症です。脂肪をエネルギーに変えることができないので最終的にアシドーシスを起こしたり、横紋筋融解症を起こしますが、こう言った人はごく少数です。ただし長鎖脂肪酸の代謝が止まっている人は多数います。脂肪酸は、ミトコンドリアの中に入るときにカルニチンが必要なため、リジンやメチオニンなどの栄養素が一つでも欠けているとカルニチンがうまく作られません。
カルニチンは75%食事から摂りますが、25%は身体の中で作られています。低カルニチン食の人で栄養欠損があると、長鎖脂肪酸の代謝不全があるかもしれません。
これに関しては、有機酸検査で分かります。アジピン酸、スベリン酸、エチルマオンが上がっている人は脂肪酸の代謝が障害されています。そういう人は、糖質制限をしてはいけません。
もう一つ考えなければいけないことは、糖質制限をしたら脂質とタンパク質でエネルギーをまかなうために何を食べるのかということです。
タイム誌の1984年と2010年の表紙を比べてみると、30年前はコレステロールを悪者にしていますが、最近では考え方が全く変わって”Eat butter”とあります。脂質を制限するのが問題だと言っていますが、何を食べるかも重要です。
厚労省は2015年に高コレステロール血症の上限を撤廃しました。コレステロールが高いのは良いことですが、どういう脂肪を摂るかを細胞に立ち返って考えてみてください。食べる前に細胞の細胞膜のリン脂質の組成はどのくらいかなと考えてください。肉の油を沢山食べて飽和脂肪酸が増えてくると、細胞膜が硬くなって、細胞膜の経路が低下してくるかもしれません。神経の伝達に支障をきたすかもしれないし、オートファゴーゾーム(細胞内で二重膜に囲まれた球状の構造)が正常に働かなくなるかもしれません。
細胞膜のリン脂質組成を測ることもできます。タンパク質を多く摂ろうとすることの問題は、消化吸収の手間です。タンパク質は三大栄養素の中で一番消化と吸収に手間がかかります。
日本人はもともと胃酸が少なく、消化酵素が少なく腸が長いため、ペプシノゲンが70以上ある人はあまりいません。大量のタンパクの消化には向いてない人が多いです。
3-5. 45歳女性コレステロール高値
- 半年前、食事方法をマクロビから糖質制限に変更
- 3ヶ月前の血液検査ではいきなりコレステロールが200から350へ上昇
- 理由がわからないために来院
この方は45歳の女性ですが、コレステロールが異常に高くなったということでご相談にみえました。半年前に食事方法をマクロビオティックスから糖質制限に変更したそうです。それ以来、とても調子良くなりましたが、3ヶ月前の血液検査で1年前200だったコレステロール値が350まで急に上がてしまいました。何か体に異変が起きているのではないかといらっしゃいました。
3-6. 急激な糖質制限は甲状腺トラブルとホルモンバランスの乱れを招く
この理由は代謝の低下で、 LOWT3症候群といいます。人間は飢餓状態になると自らの代謝を落とすように働きます。身体の代謝をコントロールするものはいくつかありますが、そのうちの一つが甲状腺ホルモンです。甲状腺ホルモンというのは、ヨードが4つついているT4と、3つついているT3があります。そのT4がT3に変わる時に、不活性型のreverseT3に変わってしまうのがLOWT3症候群です。
実際の血液検査ではこのreverseT3もT3として勘定されるので、はっきりと甲状腺機能低下と出ません。普通コレステロールが高ければコレステロールが高く上がり、CPKが高く上がれば誰でも甲状腺機能低下症と考えると思いますが、血液検査を見ると甲状腺ホルモンが正常範囲内にあるので、問題ないですと言われる人も結構多いです。最近になってこのreverseT3も測れるようになりました。
このように現在では、疾患の原因が明確に分かるようになってきています。潜在性の甲状腺機能低下症になると、このreverseT3を測らなくてもこれらの甲状腺を刺激する甲状腺刺激ホルモンのTSHという数字が上がってくる人は多くいます。通常の血液検査からも、潜在性の機能低下症を検出することができますが、甲状腺の問題は大変奥が深いです。
このような飢餓状態になってる人は糖質制限はしてはいけません。タンパク質や脂肪も摂って、エネルギーをきちんと摂ってるのに糖質制限したらどうして飢餓状態になるのか。脂肪からのエネルギーはパイプが細いですが、炭水化物は非常に効率の良いエネルギー源になっていてパイプが太いから、糖はいくらでもエネルギー化できます。普通の人の安静時だと脂肪と糖のエネルギーの比率は大体2:1です。安静にしているときは脂肪のエネルギーを主に使っていますが、運動負荷がかかってくると、糖質の比率が高くなってきて逆転します。
糖質はグリコーゲンなので、肝臓で500、筋肉で1,500、あわせて2,000~2,500キロカロリーしか貯められませんが、エネルギーの蓄積量として大体10万キロカロリーぐらいは体の中の脂肪にあります。備蓄はあっても供給のパイプは細く、脂肪をエネルギーに使うためにはまず脂肪細胞から取ってきます。脂肪は水に溶けないため、アルブミンに乗せて血液中を運搬しなくてはいけません。ミトコンドリアの中に入る前にカルニチンが必要で、何段階もあって使いにくい供給源です。だから特別にそこの供給源が細い人は、糖質制限してはいけません。
4. まとめ
糖尿病の食事の選択肢としては、HOMA-Rを測ると良いでしょう。インスリン抵抗性が大きい人は5時間糖負荷試験をしてみて、インスリンが出すぎてる人は糖質制限が有効でしょう。逆にインスリンがあまり出ない無反応型の低血糖症の人は、糖質制限はしない方がいいです。
癌の人は幹細胞検査をしてみてください。
糖質制限をしてはいけない人で腎不全、肝不全というのは、血液、肝機能、膵機能を見れば大体分かりますし、アミノ基転移反応を見るのはGOTとGPTです。その他に、長鎖脂肪酸代謝異常というのはカルニチンの代謝検査、有機酸検査をすれば良いです。タンパク質の消化悪い人は、便検査をして消化酵素の量とか食物残渣による悪性菌の増加などもチェックした方がいいかもしれません。
5. 勘に頼るサプリ処方からデータに基づく栄養療法へ
便検査、有機酸検査、毛髪検査、血液検査など実践講座で推奨されている検査を一通りやるとこれらのことが全て分かるようになっています。これらは、個体差を見るための検査です。勉強していくと糖質制限して良いのか悪いのかということが、一目で分かるようになると思います。
栄養療法はただの大量のサプリメントを処方するものだけでは決してありません。体内の代謝を司ってるのは栄養ですが、全ての疾患がサプリメントの投与で治るほど甘くありません。慢性疾患を持つ人はどこかで代謝が止まっています。その場所を様々な問診と検査で突き止め、適切な対処をすることで初めて身体が栄養をうまく使えるようになってくるのです。