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ケトン食がひらく代謝精神医学

宮澤賢史 · 2025年12月16日 ·

ケトン食を用いた「代謝精神医学」が、機能性精神医学と従来のエビデンスベース精神医療をつなぐ新しいアプローチとして注目されています。

従来ダイエット法とみなされていたケトジェニック・ダイエットが、インスリン抵抗性、炎症、ミトコンドリア機能など「脳のエネルギー代謝」を改善することで、うつ病、双極性障害、統合失調症、不安障害などに有効である可能性が、臨床研究から示されつつあります。

ケトン体、とくにβ-ヒドロキシ酪酸は、ミトコンドリア効率を高め、NLRP3インフラマソームを阻害して神経炎症を抑えることが報告されています。

最新の試験では、双極性障害・統合失調症患者で代謝症候群が全員で改善し、精神症状も軽快。難治性のうつ・不安が数週間で寛解したケースシリーズ、大学生のうつ病で抑うつスコアが約7割改善した試験、PTSD・ADHD・過食など複数診断が同時に良くなった報告もあります。

精神科の領域では、長い間セロトニンなど神経伝達物質のバランスに注目してきました。でも、その神経伝達物質を作る材料も、放出・再取り込みを調整するエネルギーも、すべて「代謝」が支えています。ガソリンが入っていない車を、電子制御だけいじって直そうとしていたようなものです。

つまり、「血糖調節が悪く、慢性炎症とミトコンドリア機能低下を抱えた脳」を、ケトン体という代替エネルギー源でサポートすると、薬だけでは届かなかった部分が動き出すかもしれない、ということです。

とはいえ、全員にお勧めするわけではありません。重要なのは次の点です。

1. 根本原因を探す
 うつ、不安、集中力低下、過食の背景には、低血糖やインスリン抵抗性、栄養欠損(鉄、亜鉛、ビタミンB群など)、腸内環境の乱れ、睡眠障害、慢性炎症など、さまざまな根本要因が絡んでいます。
 今回の研究は「代謝異常」をターゲットにしてうまくいった例ですが、全員がそこに主因を持つとは限りません。血液検査や生活歴を丁寧に評価し、「本当に代謝から攻めるべき人なのか」を見極める必要があります。

2. 個体差を理解する
 ケトン食は、体質・持病・ライフスタイルによって、向き不向きがはっきり出る食事法です。
 ・甲状腺機能低下が強い人
 ・極端な脂質代謝の弱さがある人
 ・摂食障害の既往がある人
 などは、慎重な設計が必要です。
 「みんなに同じケトン比率・同じカロリー」ではなく、その人の代謝、嗜好、生活、価値観に合わせて微調整していく。

3. 自然のチカラを取り入れる
 ケトン食は、もともと人類が飢餓や冬を乗り越えるために備えてきた「代謝のスイッチ」を意図的に活かす方法です。人間の体は、ブドウ糖だけでなく、ケトン体でもきちんと働くよう、もともと設計されています。その意味で、これはとても「自然な」アプローチです。
 一方で、食事療法は一人では続きません。医師、栄養士、カウンセラー、家族などのサポートがあってはじめて、現実の生活の中に根づきます。治療家と患者さんが、「試行錯誤しながら一緒に根本原因に迫っていく」関係性がとても重要です。

ケトン食を中心とした代謝精神医学は、「薬か、それとも心理療法か」という二択に、第三の選択肢を加えてくれています。これを「みんながケトン食をすべき」と読むのではなく、「メンタルの不調にも、血糖・インスリン・ミトコンドリア・炎症といった“代謝の視点”を必ず含めよう」というメッセージとして受けとるべきです。

根本原因を探り、その人の体質と生活に合わせて、食事を薬として使いながら、より高い健康レベルを一緒に目指す。そうした栄養療法の中の一つの有力なツールとして、ケトン食を位置づけるのが、現時点で最も現実的で安全な使い方ではないでしょうか。

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